2009 Fiscal Year Annual Research Report
クルックシャンク研究―挿絵から見る英国ヴィクトリア朝の民衆社会
Project/Area Number |
20520206
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Research Institution | Yamagata University |
Principal Investigator |
中村 隆 Yamagata University, 人文学部, 教授 (00207888)
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Keywords | クルックシャンク / ホガース / ディケンズ / 挿絵 / 諷刺版画 / エンブレム / ポールソン / 公開絞首刑 |
Research Abstract |
平成21年度の研究の主たる目的は、クルックシャンク(George Cruikshank)の挿絵におけるホガース(William Hogarth)模倣を図像学的に解明することであった。 クルックシャンクは、その作品において、ホガース模倣を明示的に呈示する場合もある。だが、本研究が特に注目したのは、従来の先行研究において比較的見落とされてきた、明示的ではないホガース模倣の所在を明らかにすることである。具体的には、『オリヴァー・トゥイスト』(1837-39年)の幾つかの挿絵を取り上げることにより、そこに、ホガース模倣が、実は「隠蔽」されているということを解明した。そこに見られるクルックシャンクの「たくらみ」に満ちたホガース模倣は、彼が、ホガースに始まる英国版画と戯画の伝統の正統な継承者であるということを示すとともに、クルックシャンクの挿絵もまたホガース流の「エンブレム」(emblem)に他ならないということを示している。 エンブレムとは、挿絵が、その対象としている本文の意味とは独立した別の意味を発信するような図像を指している。言い換えると「解かれるべき謎」を内部に隠蔽した版画や挿絵などの図像である。ホガース研究の泰斗であるポールソン(Ronald Paulson)は、かつて、クルックシャンクにおいて、ホガースに始まるエンブレムの伝統が終焉すると述べたが、『オリヴァー』に付された用意周到に仕組まれた挿絵の存在は、ポールソンの指摘が必ずしも正しくないということを示している。クルックシャンクはホガース模倣を内部に埋め込むことによりホガース賛辞を忍び込ませていたのだ。 文化史的に見ると、クルックシャンクもホガースと同様に、「公開絞首刑」に呪縛され、魅了されていたことがわかる。
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