2010 Fiscal Year Annual Research Report
ウィリアム・バトラー・イェイツの夢幻劇における表象構造に関する研究
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20520216
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture and Technology |
Principal Investigator |
佐藤 容子 東京農工大学, 大学院・工学研究院, 教授 (30162499)
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Keywords | W.B.イェイツ / 詩劇 / サウンド・シンボリズム / 能 / スピリチュアリズム / フォークロア / サミュエル・ベケット / 表象構造 |
Research Abstract |
本研究の目的は、アイルランドの詩人・劇作家・神秘家であるウィリアム・バトラー・イェイツの夢幻劇における複合的な表象構造を明らかにすることである。平成22年度においては、『煉獄』を取り上げ、日本の「能」及びスピリチュアリズムとの関わり、イェイツが体系的に用いる「サウンド・シンボリズム」の技巧という複数の観点から考察した。 イェイツ最晩年の劇作である『煉獄』では、楽師も舞踏も用いられず、能の形式に直接倣ってはいない。しかし、旅人が伝説の伝わる場所を訪れ、亡霊と出会うという能の設定に相通じるものがこの劇作にあることも確かであり、廃墟の傍らに立つ枯れた木は、永遠を象徴する能の松の変容した姿とも言える。ただし『煉獄』の旅回りの「老人」は、能における旅の僧とは異なり、母親の亡霊の魂を解放することはできない。 『煉獄』の窓を通して浮かび上がる「愛し合う者たち」(老人の母親と父親)の亡霊の姿は、死後に愛の成就を求める能の『錦木』の男女を彷彿とさせる。また女の亡霊を苛む地獄の苦しみが凄惨な能『求塚』には不条理性が感じられるが、それはイェイツの『煉獄』にも影を落としている。屋敷の崩壊を招く母親の選択が真に罪であったのか、また騎手たる父親は真に否定しさるべき存在なのか、という根元的な疑問は、イェイツが他の詩・據作品においても体系的に用いている頭韻によるサウンド・シンボリズムによっても表出される。 『煉獄』では、/b/音は忌むべき肉体との連想で破壊的に用いられ、対極にある/f/音は魂の救済に結びつく力を失っている。かつて父親を殺害し、今また息子を殺害することで、悪しき選択の連鎖を断ち切ろうとする「老人」の企ては挫折し、再び/b/音が馬の蹄の音と共に戻ってくる。にもかかわらず、/b/音は英雄的な力の表出としての象徴性をやはり保持していると考えられ、それが『煉獄』の結末に両義性を与えていることを論じた。
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Research Products
(3 results)