2020 Fiscal Year Annual Research Report
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20F20782
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
吉川 真司 京都大学, 文学研究科, 教授 (00212308)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
POLETTO ALESSANDRO 京都大学, 文学研究科, 外国人特別研究員
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Project Period (FY) |
2020-11-13 – 2023-03-31
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Keywords | 日本史 / 中世史 / 医術 / 医師 / 儀礼 / 呪術 / 医心方 / 陰陽道 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は計画通りに中世前期貴族社会における病気と治療というテーマを取り上げて研究を行った。医師を中心に史料を集成し、そのいわゆる「医学的」活動のみならず、呪術的かつ儀礼的な側面を解明する史料も蓄積し、その分析を行った。 典薬寮の官人である医師に関する史料が少なく、彼らの担う医術の実態やその歴史的な変遷を議論するには制約があるものの、部類記といった資料集などを含む古記録に登場する医師に関する史料を収集し、中世前期における医術の性格を明らかにして従来あまり注目されなかった呪術的・儀礼的側面の重要性に焦点を当てた。 収集した諸史料の分析が未完成であるが、医師の呪術的・儀礼的性格は主に妊娠の場面で見られるもので、その出典は丹波康頼撰の『医心方』であると推測できる。例えば、巻二十二では、反支という禁忌や借地法(「借地文」とも)に関する記事が確認できるが、これらが言及される記事が古記録にも散見できる。反支に関しては、『左経記』という平安中期の漢文日記ではすでに見られ、その記事では陰陽師が関わっているものの、『山槐記』(十二世紀後半)の段階ではその責任が医師に移っていたことが指摘できる。借地文や出産前の御座を敷く場で医師による呪術が十二世紀以前確認できないが、さらなる研究が必要である。 なお、妊娠以外は、例えば鍼灸を加える際に注目された「人神」の位置に関連する禁忌でも平安時代の独特の医術的な身体の認識がみられる。人神は早くから中国の医書で取り扱われるが、日本中世前期でもしばしば貴族や医師の間で問題にされることが確認できる。 上記の課題及び文献的な検討の成果は、医術を「医学」といった近代概念として位置付ける研究姿勢を克服する必要があると示唆するものでもあると思われ、方法論的な立場から前近代日本研究の中の「医学」や「宗教」の位置を再考するきっかけにもなり得る。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
医師及び医術関連史料の収集および検討は計画通りに進んでいる。分析は対象にしている儀礼がみられる十一~十二世紀を中心に行っているが、その出典と思われる『医心方』まで広めてきた。 『医心方』は隋・唐の医書に基づいて編纂されたもので、記載の処方や儀礼は当初中国で発展したため、日本社会・文化での医術の儀礼的・呪術的側面の受容を考えるには、中国文化との関係も考慮しなければならない。本年度その作業にも着手し、反支などの中国的な先例をなるべく蓄積し、日本におけるその歴史的変遷も明らかにした。 なお、本研究の一部である『延喜式』巻三十七「典薬寮」の英訳作業をほぼ完成した。本巻では植物や調合薬を中心に取り扱われている。しかし、例えば第一条「元日御薬」では、旧暦の年始に際して天皇と中宮に供される薬に関する規定や儀式が記載され、この場面でただの物質的な授受といった実用的側面のみならず、儀礼的側面も明確であり、性格は異なるものの、『医心方』や十二世紀の医師の儀礼・呪術との共通性が見出せると言えよう。 これまでの研究成果の一部をジョンズ・ホプキンズ大学主催の国際会議で報告し、海外の研究者(主に中国医学史)と意見交換ができた。
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Strategy for Future Research Activity |
これまで主に『御産部類記』と個々の古記録を対象にしてきたが、本研究を総括するには宮内庁書陵部編纂『皇室制度史料 儀制 誕生』や諸データベースなどを参考しながら、ほかに関連記事があるか否かを確認したい。 また、医師関係の史料は限られているため、従来あまり注目されなかった史料を積極的に収集、分析して、英語に訳していきたい。『御産部類記』では『医師経長記』仁治二年正月二十三・二十四日の記事が引用されているが、仙沼子が妊婦に献上される儀礼について記録されており、医師の記述として貴重である。なお、尊経閣文庫では『丹家記』という史料が収蔵されており、これは十二世紀後半に活躍した医師・丹波憲基の日記の残欠である。数箇日に及ぶ記録ではあるが、人神についての記事もあり、医師の立場から書かれた記録として重要である。『丹家記』の一部はすでに紹介されたが、これからその全体を翻刻・分析し、英語圏の研究者にも紹介していきたい。 さらに、『医心方』と医師の中世社会における活動の関係についてさらなる研究が必要であるため、より幅広く『医心方』の先行研究を参照しながら本研究関連の巻二・二十二・二十三などの綿密な分析を試みたい。なお、陰陽道書と医書の関係はすでに指摘されているが、陰陽道と医術、陰陽師と医師の関係をさらに研究する必要があると考えるため、これも含めて中世前期における医術の性格とその他の「道」との関係を総合的に考えていきたい。 今年中本プロジェクトを総括し学術論文として公開する予定である。次に、計画通りに、災異認識とそれに対する対策を取り上げて、中世前期貴族社会における陰陽師や僧侶の役割をさらに検討していきたい。
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Research Products
(3 results)