2020 Fiscal Year Research-status Report
新聞小説を視座とする大正末~昭和戦前期の文学環境に関する基礎的研究
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20K00288
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
新井 由美 大阪大学, 文学研究科, 招へい研究員 (40756722)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 新聞小説 / 挿絵 / 大衆文学 / 木村荘八 / 白井喬二 / 春陽会 / 学芸部記者 |
Outline of Annual Research Achievements |
①本研究では、新聞小説周辺の文学環境を文学・美術双領域から探り出すことを目的として、白井喬二作「富士に立つ影」(1924~19277、挿絵に洋画家が起用された最初の作品)を起点に『報知新聞』昭和戦前期の新聞連載小説及び挿絵に関する基礎的事項の調査、同紙に掲載された文学・美術関連記事の収集を行い、得られた情報の整理と考察を進めた。その過程で同紙の学芸部記者廣瀬憙六の存在が浮上し、挿絵に関する廣瀬の言説が何点か発見されたことに加えて、同紙における挿絵面改革の画期的な種々の試みも判明した。明治期から連綿と続く新聞小説と挿絵の関係性に大きな転換をもたらす契機として、『報知新聞』の取り組みは看過できないものがあり、従来殆ど表面化することのなかった学芸部記者の具体的役割の一端も明らかになった。②信州大学附属図書館所蔵『春陽会月報』の精査を行い、同『月報』に寄せられた画家の言説の考察及び同『月報』所収記事タイトル一覧のデータ化を行った。その過程で春陽会が文学挿絵と深く関わっており、出版ジャーナリズム界とも密接な繋がりを持つ団体であることが判明し、同会は文学と美術という異分野融合の結節点としての役割を有する団体として注目すべき対象であることが明らかになった。③『報知新聞』以外の在京有力紙においては、明治期以来の懸賞小説に加え、昭和初期に〈懸賞挿絵〉という新しい読者参加型企画が存在することが分かった。これは新聞における小説挿絵需要の高まりを示す象徴的現象であり、同時期において挿絵の描き方教本の刊行が複数確認されたという事実も、この現象を裏付けるものであることが明らかになった。 以上①~③により、新聞小説を支える文学環境の解明に当たっては、同時代大衆の間に広まりつつあった美術・挿絵への関心や新聞雑誌記者の潜在的な働きなど、作家・画家の存在以外に多角的な分析の視点が必要であることが再認識された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」①に示した通り、今年度の調査は『報知新聞』所載「富士に立つ影」連載開始の大正13年を起点とし、現在昭和2年末までの紙面調査が終了している。昨年度から続く新型コロナ感染拡大に伴う移動自粛の影響により、予定していた調査の回数は大幅に制限されることを余儀なくされたが、回数は少ないものの出張・調査を何度か遂行し、2020年9月および2021年3月にはオンラインによる新聞小説に関する研究会を開催することもできた。その範囲内では毎回有益な情報を獲得することができ、クオリティとしては十分な研究成果を挙げることができたと考えている。『報知新聞』は『朝日』『毎日』『読売』のようなデジタルデータが存在しないため検索機能が使えず、逐一マイクロリールを年次順に目視確認する必要がある。その作業には当初の予想以上に時間を要しているが、複数の新聞の調査を同時進行させデータとしての体裁を広く・浅く整えるよりも、調査対象を特定一紙に絞り込んだ上で、新聞小説とその周辺の文学・美術界の動向との関係性を精査し、文学と美術という異ジャンルの結節点を示すものとしてより精度の高い新聞小説のデータベースモデルをて構築することが喫緊の課題であると考えている。 また、『報知新聞』が逸早く連載小説挿絵に本格的な画家を抜擢した背景には、同時代における美術諸団体の活動の活性化、更には美術鑑賞への大衆の関心の高まりが深く関与していると思われる。帝展・二科展と鼎立する美術団体春陽会の画家・木村荘八を「富士に立つ影」の挿絵担当に起用したのもそうした同時代状況を察知した結果であり、新聞小説を取り巻く文学環境としての美術界の動向は無視できない。新聞記事の調査に加え、現在『アトリエ』『みづゑ』誌を中心とした同時代の美術雑誌の調査にも取りかかっている。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進捗状況」に示した通り、今後は複数の在京有力紙を全般的に扱うのではなく、『報知新聞』一紙を調査対象として従来通りの詳細な調査を行い、新聞小説を取り巻く文学環境としての、文学と美術という異分野融合の様相を明らかにする。本研究は新聞小説という媒体における美術ジャンルからのアプローチの諸相解明を特徴とするものだが、文学側の動向にも勿論注目してゆく。『報知新聞』では1926年3月に文壇の有力作家(菊池寛、宇野浩二、里見弴、佐藤春夫)を客員に迎え連載小説を掲載するが、この時宇野と佐藤は「さし絵入りの新聞小説」が初めてだと明かしている。『報知新聞』における挿絵改革の取り組みが〈絵入り小説=通俗的〉という一般的な図式を覆し、純文学系作家の新聞小説(通俗小説)参入への間接的な契機となり得た可能性も考えられ、今後の調査を通じて作家側の意識も明らかにしたいと考えている。なお『報知新聞』の紙面調査は、小説挿絵の活況が一つの区切りを迎える昭和15年までとし、以後は同様にデータベース化が進んでいない『都新聞』紙面調査へ可及的速やかに移る予定である。 更に今年度の調査の過程では挿絵画家木村荘八関連の諸資料調査の必要性が浮上した。荘八は「富士に立つ影」以降も、直木三十五、大佛次郎、川口松太郎、永井荷風といった著名作家の小説に挿絵を提供し続け、挿絵画家としての定評を得るに至るが、その仕事の実態は明らかになっていない部分が多い。信州大学附属図書館所蔵の木村荘八書簡調査を通じて、その挿絵に対する見解や仕事の内実は明らかになりつつあるが、これ以外にも荘八の書簡・日記類の未翻刻資料が数多く存在することが確認された。その中には挿絵制作の具体的なプロセスや新聞雑誌の編集者とのやりとりの記録も含まれており、文学と美術の分野融合の重要なモデルケースとなり得るものとして、今年度以降資料の内容検討を行う予定である。
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Causes of Carryover |
旧年度中における緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置発出の影響により、予定していた東京方面(国立国会図書館、日本近代文学館等)への出張が困難となったこと、また近隣の図書館も利用制限がかかっていたこと等により、研究に必要な資料の閲覧ができず必要な調査を予定回数通りに遂行することができなかった。今年度も引き続きコロナ禍の影響は避けられないが、状況に応じて調査を再開し、効率よく閲覧・複写等の作業が行えるよう努める。 また、今年度は研究上必要な書籍や雑誌類を厳選しそのリストアップと所在の探索に努めたため、当該年度中に全額執行できず次年度使用額が発生した。次年度は必要と判明している資料の購入を進め、所収記事の整理と内容の検討を行う。 また新型コロナ感染拡大状況下においては、対面での指示を必要とする作業に係る人件費執行は避けるべきだと判断した。次年度は収集した情報の整理や入力作業の協力者を募る予定であるが、あくまでも現状に鑑み無理のない範囲にとどめたいと考えている。
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Research Products
(4 results)