2020 Fiscal Year Research-status Report
戦後アメリカにおけるサリンジャーの隠遁と創作の意義――遺稿の受容に向けて
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20K00407
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
竹内 康浩 北海道大学, 文学研究院, 教授 (40251376)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | サリンジャー / 鈴木大拙 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度は、パンデミックのためにアメリカ合衆国における調査・資料収集が困難となったため、国内において調査可能な資料の収集および研究を行い、とくに日本の代表的仏教研究者であり、かつサリンジャーが強い影響を受けたことが知られている鈴木大拙の著作、あるいはサリンジャーが強い関心を持っていた禅仏教一般に関わる資料に基づいて、主にサリンジャーの短編作品について調査研究を行った。 その結果、短編作品「テディー」において引用された芭蕉の二つの俳句の解釈について、鈴木大拙の芭蕉論が影響を与えていることがある程度明らかになった。その影響とは、とくにサリンジャーの時間観、あるいは空間観に対するものである。これまで単に神秘主義として理解されることもあった作家独特の時空観について、実際には鈴木大拙を経由した芭蕉の句の解釈の反映である可能性が明らかになった。より具体的には、当該作品の主人公である少年テディーが自らの死を予言することについて、それがなぜ可能であったか、またなぜ予言されねばならなかったのか、という二つの問題について、禅仏教の観点から一つの解釈を行うことが可能になった。すなわち、一般的に受け入れられている直線的な時間観ではなく、鈴木の言う時間の始まりとでも呼ぶべき絶対的な地点を意識しながら、サリンジャーはテディー少年を描いていたのである。 なお、この研究成果は、令和3年度夏以降に新潮社より新潮選書の一冊として刊行予定の『謎ときサリンジャー』の第三章として刊行されることになっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和2年度に行う予定であったアメリカ合衆国における調査・資料収集が、パンデミックにより海外出張が困難となったため研究の遅れが懸念されたが、国内において調査可能な資料の収集および研究を行うことにより、サリンジャー作品における禅仏教の影響について、「研究実績の概要」で述べたとおり、一定の研究成果を残すことが出来た。この点において、おおむね順調に進展していると判断している。
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Strategy for Future Research Activity |
海外での調査研究が可能になった段階で、本来令和2年度の予定していた米国の各大学図書館が所蔵しているサリンジャーの未刊行作品の調査を行うことになる。それにより、短編「バナナフィッシュにうってつけの日」における第二次世界大戦の帰還兵である作中人物シーモアに関する分析が深まることが期待される。また、モルガン・ライブラリー・ミュージアムが所蔵しているサリンジャーの書簡の調査を行い、とくに代表作『ライ麦畑でつかまえて』の装丁家マイケル・ミッチェルとサリンジャーの40年にわたる往復書簡のコレクションを調査し、東洋思想や日本文化への傾倒を深めた時期を分析していく。 このような調査により、サリンジャーが作品の中で明示することのなかったシーモアの自殺に関する真相の解明、あるいはその死がサリンジャーの創作活動に及ぼした影響の分析が進展することになるであろう。
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Causes of Carryover |
海外における調査がコロナ渦により困難となったため、当初予定していた旅費を使用することが出来なくなったため、次年度使用額が生じた。状況が改善され次第、海外での調査を行い旅費を使用することになる予定である。
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