2021 Fiscal Year Research-status Report
ロシア資料による日本語音韻史における音韻化・異音化についての機能論的研究
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20K00630
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Research Institution | Okayama University |
Principal Investigator |
江口 泰生 岡山大学, 社会文化科学学域, 教授 (60203626)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ロシア資料 / 開合 / ウ段長音 / 中村柳一 / 下二段動詞 / ア-エ乙交替 / 異音 / 語種分別 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的の1つ目は、音韻の数が増える場合、異音が音韻に変化することがあるのではないか、音韻が減る場合、2つの音韻だったものが合流して、一度、異音関係になる過程を経るのではなかろうか、という仮説を検証することである。目的の2つ目は、「異音の音韻化」において、どのような機能を認めるかという点である。これを明らかにすることが説得力を増すのだと思う。逆に「音韻の異音化」は弁別機能を喪失するのであるが、それを代替するような機能の獲得が行われたのであろうか。申請者は機能的な面から説明できないものかと模索している。 上述の観点から、既発表論文「ロシア資料のエ列音」(2001『筑紫語学論叢』)を元に、「ロシア資料と上代特殊仮名遣エ列音-下二段動詞の場合-」(2021『筑紫語学論叢Ⅲ』風間書房)を公表した。下二段動詞がア-エ乙類交替に基づいて生成され、エ列音に食い込み、元のエ列音と口蓋化の有無で対立したと考えた。文法的な対立を持つ場合、音韻的に異音関係であっても弁別されると考える。 次に「「シウ」・「シユ」・「シユウ」」(1986『文献探究』18)で取り上げた問題を再考した。「東国文献の開音・合音・ウ段音」(2021『語文研究』130・131合併号)である。サ行のみウ段拗長音の表記が一定しない原因を、サ行の機能負担の面から解決をはかった。この過程で研究史の面で、「方言開合研究史」(2022『岡大国文論稿』50)を公表し、なぜ中村柳一が方言の開合の事実について気付いたのかを明らかにした。 「A.タタリノフ『レクシコン』注釈10(文例集1)」(2021『岡山大学文学部紀要』74)では下北方言では漢語が破擦音化しやすい傾向を指摘した。「タタリノフ著『レクシコン』からみた18世紀下北佐井方言の四つ仮名」(『国語と国文学』平成二十七年九月号)と関連づけられるのではないかと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2021年1月9日(土)に開催された九州方言研究会で「東国文献の開音・合音・ウ段音」と題して、リモートで口頭発表を行った。リモート向けのレジメの作成したり、画面を見ながらの発表で、無人の野原にむかって独り言を言うような気持ちであったり、質疑応答の際にレジメをスクロールして質問箇所を示すなどの作業まで及ばなかったり、うまくいかない点があったが、機器の操作にも慣れて、発表のみならず、講義などにも応用できるようになった。 方言の開合の研究史について、本来なら新潟(高田)や台湾大学図書館で現地調査すべきところ、コロナ禍で現地に赴くことができず、ネット・メール・知人との伝手を駆使しての調査だったが、事情を察してくれて協力をいただき、新しい方法での調査ができたのは良かったと思う。 一方、研究会(九大学会、筑紫日本語研究会)、学会(日本語学会、近代語学会)、文献調査(国会図書館、九大図書館、国立国語研究所)、方言調査(下北方言)などに赴く予定であったが、コロナウイルスのためにやむを得ず、断念した。 むしろそれよりも大きな問題としては、ロシアのイルクーツク(日本語学校があった)やペテルブルグへの調査ということも計画し、下準備をしようと計画していたが、コロナはともかく、ウクライナへの侵攻が始まったのは予想外で、私の世代での調査はもう無理なのではないかと諦念の気持ちである。残念だが、気持ちを切り替えて、次の世代のために、手持ちの資料を整理し、誰もが使えるようにしておくことが、私にできるせめてもの使命だと考えるようになった。 2022年になって急遽、勤務校を変更することになり、書架の設置に予想外に時間がかかり、荷ほどきができない状態となって、研究の進展にもやや支障をきたしている。 上述のような理由からやや遅れていると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
ロシアのウクライナへの侵攻が始まったのは想定外で、私の世代での調査はもう無理なのではないかと諦念の気持ちである。残念だが気持ちを切り替えて、次の世代のために、手持ちの資料を整理し、誰もが使えるようにしておくことが、私にできるせめてもの使命だと考えるようになった。そこで予定ではあと1回分の、A.タタリノフ『レキシコン』注釈を終わらせ、公表する。さらにこれまで公表してきた注釈を纏め、校本づくりに展開させ、最終的には全体を公表したい。 次に「古代日本語の長母音」(『国語と国文学』平成30年4月号)で触れたが、音韻には意味を区別する機能以外に、語種分別の機能が備わる場合がある。たとえばキャ・キュ・キョのような拗音が含まれるとオノマトペや外来語と判断されやすい、というような働きである。 本研究の目的の一つとして「異音の音韻化」において、どのような機能が生じたのかという点があり、キャ・キュ・キョのような拗音は異音として発生したものが、オノマトペ>漢字音>和語、のように使用範囲が拡大したと考えている。その際、その異音が語種分別の機能を持つ場合があり、これが異音が音韻化するにあたって、音韻化を促す力として働いたのではないか。拗音、長音や促音などの特殊泊など、新たに出現した音韻には考えるべき課題は多い。 逆に「音韻の異音化」は弁別機能を喪失するのであるが、それを代替するような機能の獲得が行われたのであろうか。「開音・合音・ウ段音」(『語文研究』)で開音と合音を区別する力が相当に強力に働いていて、それがサ行ウ段に影響を与えたことを述べた。それほどまでに方言では開合を区別しようとしたのに、なぜ中央語では開音と合音が合流したのであろうか。方言と中央語はなにが異なっていたのであろうか。それを説明しなければならないと考える。開合の合流、四つ仮名の合流、上代特殊仮名遣いの崩壊など、考えるべき課題は多い。
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Causes of Carryover |
研究会(九大学会、筑紫日本語研究会)、学会(日本語学会、近代語学会)、文献調査(国会図書館、九大図書館、国立国語研究所)、方言調査(下北方言)などに赴く予定であったが、コロナ禍によって調査を控えることになった。例えば九州方言研究会で口頭発表を行ったが、本来なら福岡へ出向くところであるが、コロナ禍でリモートとなったため、出張は取りやめとなった。方言の開合の研究史の調査では新潟県の高田や台湾大学附属図書館などにも行って自分の目で確認すべきところであったが、ネットやメールや電話での調査で終わってしまった。調査にご協力いただいた諸氏には十分なご挨拶も出来なかった。 ロシアのイルクーツク(日本語学校があった)やペテルブルグへの調査のための下準備ということも念頭にあったが、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発するとは想定していなかったので、断念した。こうした事態のために、調査費が使えず、次年度使用額が生じることとなった。 今後、おそらく私の世代ではロシアでの調査は無理であろうから、確かな校本をつくって、原本との対比は後代に委ねようと思う。その校本作成や公開に使用する計画である。また文献調査や学会、研究会での発表などにも使用する計画である。
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Research Products
(7 results)