2022 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
20K01386
|
Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
川村 力 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (70401015)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | マネー / 市場 / 歴史学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は研究計画において中核を構成する3年目であり、これに対応して本研究の実体面での中心となる作業、(a)現代の金融およびその市場と組織の関係をめぐる問題の分析と、(b)歴史社会において金融を結節点としてその社会構造を複層的に分析する作業とを継続する中で、とりわけこれらを統合するための方法論の検討により比重を移した。 具体的には、(a)については、第一に、2008年の金融危機を契機として20世紀全体のマクロ経済学の前提を批判的に問い直す作業に着目し(吉川洋『マクロ経済学の再構築』(2020年)等)、既存の体系の数理的解体と再構築、市場経済の構成要素の再統合といった新たな基礎を構築する試みの進展を確認しつつ、第二に、中でも経済社会全体の鍵となる要素として金融に着目する経済学法学の議論のリサーチを行い、国家と市場の間の金融の位置を複層的に捉えつつ、rational choice modelとsocially embedded approachを包摂した金融理論を追求する2010年代以降の議論を広く検討した。 他方(b)として、emporionに着目した。政治・デモクラシーの構造的な変動とemporionの語のフィロロジカルな展開と取引形態との変遷の関係を跡付け、新たな地平を切り拓いたかに見えた1980年代の議論は、1990年代以降emporionの外縁を広く構えて普遍的かつ多元的な文化の結節点と見る比較人類学的関心に埋没し混乱しつつあったが、改めてフィロロジカルにemporionの射程を区分けして紀元前6~5世紀のフェーズを取り出し、その意義を、鋳造貨幣の登場、韻律と文字の登場等、海上交易をギリシャ世界の構造変動の重要な鍵として位置付ける研究の系譜を特定し、この研究の系譜を基礎として交易や貨幣―商業と金融の諸層―をトータルな社会変動の中に位置づける着想を得た。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
理由としては、大きく以下の2点を挙げることができる。 第一に、本研究では、現代および歴史社会の双方で、金融を政治経済社会の全体を分析する軸とし、その双方の全体像を突き合わせて検討することを目的とするところ、その切り口として構える金融はその定義自体が既に視角を要し、現在進行形で生起する問題ないし問題関心を整理してその構造に十分に自覚的に問題を立てることは不可欠のステップであった。この点、2008年の金融危機を少なからず梃子として進展した学説史・理論史を踏まえた2010年代の金融学説のサーベイを実行し、かつこれに対し歴史社会についてもひとまず分析視角を特定して多少なりとも並置することができたことは、不可欠のステップを少なからず立体的にし得たと考えられる。 第二に、現代の金融と古代社会における問題整理から、双方に具体的な個別のリサーチの課題が特定されると共に、中間の歴史社会である中世と手形取引の意義について、分析に加えるための若干の構想を得つつある。
|
Strategy for Future Research Activity |
次年度は本研究の最終年度にあたり、第一に、現代の金融及びこれを通じた政治経済社会に関する議論の蓄積につき、本年度までに行ってきた分析を元に、理論的見通しをまとめて公表する作業を行う。 第二に、紀元前6~5世紀のemporionに関する学説のアスペクトを比較して問題のアプローチの構造を整理すると共に、とりわけエトルリアのemporionに近年蓄積されている考古学データを通じた、個別事例の分析を進めることを予定しており、可能な範囲で成果としてまとめることを想定している。 第三に、2010年代の金融研究では、イングランドの銀行と商業貸付、国庫との「共犯関係」も少なからず注目を集めているが、これを中世イタリアと比較する動きも出つつあり、これら研究動向を参照しつつ、イタリアとフランスの銀行及び手形の金融システムにおける位置付けについても、検討を行うこととしたい。
|
Causes of Carryover |
本年度の研究費においては、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が少なからず残り、昨年度に続いて少なくない残額が生じた。すなわち、第一に、本研究ではとりわけフランスやイタリアにおける文献収集や研究打ち合わせを行うことを予定していたが、年度当初は入国制限措置が残存していたほか、年度を通じて航空便の本数はコロナ前に比べて著しく少なくなっており、加えてウクライナ紛争による航路変更もあったため、ヨーロッパへの出張は時間的に十分なスケジュールを組むことに制約があって、年度内の出張は見送ることとした。また第二に、国内では、少なくとも年度当初は、出張先として想定していた研究機関が、立ち入りや滞在時間を制限していたこと、さらには年度を通じて研究打ち合わせもオンラインの比重が高かったことから、当初想定していたよりも出張の機会は限られることとなった。 とはいえ、本年度に残額を生じた理由としては、そもそも前年度からの繰り越し残額が多かったことが挙げられ、本研究開始当初の想定自体からすると概ね本来の使用計画に戻りつつあった。加えて次年度には、国内の研究会や研究打ち合わせ等も対面での開催が原則となることが想定され、またヨーロッパへの出張も、これまで延期していた作業の分もまとめて本格的に再開することを予定しており、順調に残額の使用が可能となることが見込まれている。
|