2021 Fiscal Year Research-status Report
中英語ロマンス文学における宗教の表象研究:Saracenの表象を中心に
Project/Area Number |
20K12960
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
趙 泰昊 信州大学, 学術研究院人文科学系, 助教 (80868498)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 人種 / サラセン / 中英語ロマンス / 改宗譚 |
Outline of Annual Research Achievements |
・本研究は中世イングランドにおいて作成された物語(中英語ロマンス)に登場する「サラセン」の表象を対象としながら、当時の書き手や聴衆とは様々な理由から「異なる」グループに属すると考えられていた人々が、どのように表現され、理解されていたのかを明らかにすることを目指すものである。 ・プロジェクトの2年目である令和3年度は、前年度に発表した研究論文の中で分析した西洋世界における人種観の発展の歴史を踏まえながら、13世紀から14世紀に英語で執筆された物語作品において宗教的他者(異教徒、異端など)の改宗と共同体への同化がどのように描き出されているかという問題について考察した。 ・初年度である令和2年度には中世における「人種」という観点から中世イングランドにおける宗教的他者の表象を分析し、中世の人間集団を分かつ最大の指標である「宗教」は、現在の我々が「人種」に属すると考える身体的特徴や遺伝的性質などと結び付けられていたという事実を指摘したが、令和3年度には同時代のキリスト教世界における宗教的文脈の中での「自他の区分」という側面に注目しながら、異教徒の改宗を扱う物語に対する分析を行なった。この分析を通して、中世ヨーロッパにおいて一枚岩であったとしばしば想像されるキリスト教世界が、実際には帰属の曖昧な存在や潜在的な対立構造を内部に含むものであり、そのため新たに改宗を通して共同体に同化した個人は自らのアイデンティティを証明するため不断の努力を求められることになるという事実を指摘した。これまでの研究成果は信州大学人文科学論集(第9号)の中で、「中英語ロマンスにおける異教徒の改宗と信仰の証明」として発表している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
・プロジェクトの2年目となる本年度は、前年度の研究成果である中世ヨーロッパにおける宗教的他者の理解と「人種」の密接な繋がりを踏まえ、中英語で書かれたテクストの中で描かれる異教徒の改宗と共同体への同化の様子を主な対象として研究を行なった。物語世界に描かれるこうした描写はフィクションでありながら、同時代の洗礼や堅信といったカトリックにおいて信者に求められる現実の秘蹟の在り方を反映したものとして理解することができ、内的なものであるはずの個人の信仰は「特定の行動によってのみ共同体の他のメンバーに示されるものである」という意識を示している。令和3年度は、中英語で書かれた物語作品に加えて、中世イングランドをはじめヨーロッパ世界で広く受け入れられていた信仰生活のための手引き書やそれらと関連する研究書を渉猟し、議論の基盤を固めた。 ・こうした分析のためには、主な分析の対象となる物語作品や関連する研究書のみを扱うだけでは不十分であり、人種をめぐる議論や同時代の一般信徒の信仰生活などを確認することが不可欠である。こうした事情から、令和3年度は前年度に引き続き、網羅的に全ての作品を扱う代わりに、いくつかの作品に特に注目しながら分析を行なうこととなった。 ・令和3年度はCOVID-19の感染拡大による国内・国外の移動制限によって、本来予定されていた国際学会への参加などを取り止めることとなった。いくつかの学会への参加は次年度に延期、または中止することとなったが、それに代わり購入した書籍をもとに国内での研究活動に専念した。これまでの成果の一部は令和4年度の国際学会で発表する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
・COVID-19の影響により、当初の計画において最終年度である令和3年度に予定されていた国際学会での研究発表や論文投稿の時期に変更が生じることとなった。すでにプロジェクト期間は延長済みであり、期間変更後の最終年度となる次年度は「中英語ロマンスに登場するサラセン人表象を網羅的に分析しその役割を明らかにすると同時に、全体像を描き出す」という目的を達成するため、可能な限り多くのテクストに対する分析を進め、論文や国際学会での研究発表の形で成果を発表する予定である。 ・令和4年度にはこれまでの研究成果を基に中世英語で書かれたロマンス作品に登場する「サラセン人像」を網羅的に分析することで、「中世イングランドの他者表象」に対する暫定的な結論を再検討し、その妥当性を高めることを目指す。同時に、主に13世紀から15世紀ごろのイングランドと近隣国の政治状況などを分析した先行研究を参考に、歴史的要請によってどのような「他者表象」が望まれており、それがサラセン人という姿で表現されていたのかを調査する。
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Causes of Carryover |
・当初計画では、令和3年度に国際学会参加や研究のための海外出張を実施予定であったが、COVID-19の影響により令和2年度に続いて中止となった。 ・次年度使用額は消耗品費や国際学会、論文投稿に必要な経費として使用する予定である。感染状況が改善されれば、これまでに中止となった海外出張のための外国旅費として補填する。
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