2020 Fiscal Year Research-status Report
『歌曲源流』‘連音標’の基礎的研究――朝鮮語アクセント史資料としての再照明――
Project/Area Number |
20K13014
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Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
杉山 豊 京都産業大学, 外国語学部, 准教授 (50733375)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 歌曲源流 / 連音標 / 対校 / 中期朝鮮語 / アクセント |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度における研究実績を一言で述べるならば、「『歌曲源流』諸本連音標対校電子データベース」の構築である。概要を以下に述べる。 第一に、対象とした範囲は次の通り。楽曲の上では、男・女唱、羽・界両調の初中大葉から騒聳伊(及び栗糖)まで(女唱はその一部を欠く);異本の上では、『歌曲源流』国楽院本、仝河合本、仝奎章閣本(連音標の記された辞説のみ)、『協律大成』、『女唱歌謡録』東洋文庫本、仝李恵求博士所蔵本である。『女唱歌謡録』の李恵求本は、当初の計画において検討対象として想定していなかったが、この度、国立国楽院発行の影印(「韓國音樂學資料叢書」16、1984)に基づき、かつ東洋文庫本との慎重な校勘を経た上で、これを加えた。 第二に、作業内容は大きく以下の二段階から成る。すなわち、1) 上述の範囲の全ての辞説を連音標まで含めて入力し、2) 連音標の記された全ての語(語形)につき、15~16世紀中央方言における遡及形を可能な限り復元した。後者については、中期朝鮮語諸文献資料(影印、写真を含む)はもとより、朝鮮語音韻史におけるこれまでの研究成果の蓄積を最大限参照、活用した。 かかる作業はいかなる意義を有するか。第一に、一覧性による対校の上での利便である。上述のデータベースでは、『歌曲源流』諸異本の辞説が、同じもの同士横並びに配されている。これにより、異本間における字句、連音標の異同が一目瞭然となり、かつ今後の研究において計画されている異同パターンの抽出、分類が飛躍的に効率化されるであろう。第二に、アクセント史資料としての意義である。中期朝鮮語遡及形でソートすることにより、15~16世紀におけるアクセントと歌曲の旋律との対応の傾向を把握することが可能である。ひいては、朝鮮語アクセントへの通時的考察の一助たり得るものと期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、2020年度には対象とする諸本の収める全ての辞説を、連音標の情報まで含めて電子化する予定であった。然るに、実際に電子化されたのは、上項で述べたの通り初中大葉から騒聳伊までであった。にもかかわらず、これを遅滞せず、上記の評価とされるのは以下の理由による。 一つには、対象とする異本が、当初計画のものに一種加わったためである。上項に述べたように、『女唱歌謡録』のうち李恵求本は当初検討の対象に含めていなかった。ところが、データベース作成中に同本の影印を入手、確認したところ、途中に落丁は含むものの、全体にわたって連音標が記され、かつ東洋文庫本における不審の箇所を補い得るものであることが判明し、急遽これをデータベースに含めることとした。然るに、同影印は白黒印刷であるのみならず、画質はかならずしも良好といえず、本来朱墨で記されているはずの連音標と、その他の字画との区別の必ずしも明瞭でない箇所が少なくない。そこで、東洋文庫本と仔細に対校、連音標有無の判断に慎重を期するため、相応の時間を投入せざるを得なかった。 第二に、中期朝鮮語遡及形復元の比重の増大である。上項で記した通り、検討対象範囲内で連音標の付された語、語形に関しては可能な限り中期朝鮮語における遡及形を復元、当時のアクセントを示した。しかし、中期朝鮮語文献で文証されない活用、曲用形、もしくは派生語については、並行的な例を参照するなどして再構形を導き出さざるを得ない。また、15~16世紀の間にもアクセントにおいて通時的変化を起こした可能性のあるものについては、やはり一々に確認をする必要があった。漢字語については、必要に応じて典故となる漢籍の音注を当たった。然るにかかる作業は、後の研究段階での個別的検討において、いずれは行わねばならない。この作業のための時間の投入を、遅延とするに足りないゆえんである。
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Strategy for Future Research Activity |
大筋で述べれば、当初の計画から変更は無い。すなわち、2020年度に作成したデータベースを基に、異本間における連音標の異同、その一々について原因を究明する。その範囲は、いわゆる「本歌曲」に属する楽曲である。それら諸曲は、辞説の定型が一定しているため、旋律にアクセントの反映される箇所の目星が付けやすい。かつ各楽曲に載せられる辞説の数も多いため、楽曲上の位置ごとのアクセント反映の様相を客観的に捉えやすいことが期待される。ここでの考察の結果が、その後「小さい歌曲」まで含めた全体的な考察を行う上で、理論的な基盤を提供するであろう。 異本間における連音標の異同の原因としては、1) 異本間における連音標使用の方針の差異、2) アクセントの反映のし方、もしくは正確度の差異、といったものが予想される。1)は更に、各異本で用いられる連音標の目録の差異に起因するものがその主たる部分を占めると予想される。現段階において、帰属を明らかにできていない連音標がいくつか存在する。それらが他の異本においてどの連音標と対応するかという観点から、傾向性を検討、考察を行うことが先決である。2)が、言語史資料としての歌曲文献の扱い方を問題とする本研究において、関心事の最もの中心を占める。個別異本における連音標とアクセントの対応の様相、及び度合を辞説上の位置ごとに検討、然る後に、旋律へのアクセントの反映/不反映に各異本特有の傾向が認められるか、考察を行う予定である。それらの検討の際には、統計的手法も取り入れ、数値としての客観性を確保したい。
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