2021 Fiscal Year Research-status Report
『歌曲源流』‘連音標’の基礎的研究――朝鮮語アクセント史資料としての再照明――
Project/Area Number |
20K13014
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Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
杉山 豊 京都産業大学, 外国語学部, 准教授 (50733375)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 『歌曲源流』 / 連音標 / アクセント / 校勘 / 二数大葉 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は、『歌曲源流』諸異本所収の歌詞(‘辞説’)のうち、いわゆる「本歌曲」に属する諸曲のそれらを対象として、2020年度に作成した電子データベースの、更なる拡充、強化を行った。その作業の一部は現在も進行中である。作業の内訳は、おおよそ以下の二点にまとめることができる。第一には、対象となる辞説一首一首が、『歌曲源流』諸本を含めた歴代歌集においていかなる変異を経てきたか、という、校勘学的情報を、データベースに反映させる作業である。第二には、研究対象となる諸本間における、連音標の異同のパターン化である。以上二点ついては、項を改めて再度説明する。 以上のデータベースの増強と並行し、いくつかの研究成果を学会発表、及び雑誌掲載論文の形で世に問うた。なお、発表、及び論文の原題はいずれも朝鮮語。その他、学会の詳細、公刊論文の書誌事項については、別項の記載参照。 「韓国語音韻史資料として見た歌曲文献――声調史及び音学史研究に対する寄与の可能性――」では、二数大葉、及びこれから派生したとされる中挙・平挙・頭挙の旋律に、いずれも辞説のアクセントが反映されていることを確認した後、二数大葉の分化の動機として、歌い出し部分の辞説のアクセントが作用している可能性を、統計的根拠とともに示した。 「韓国語史研究と伝統音楽――音韻史資料として見た歌曲の価値――」では、これまでに得られた現段階としての知見をまとめ、学界の内外にひろく批評を乞うた。 鄭敬在との共同発表、「『校註歌曲集』を通して探った前間恭作の韓国語史研究の一断面」、及び鄭敬在との共著、「『校註歌曲集』通して探った前間恭作の韓国語史観の一断面――前間恭作の認識の中の‘近代/近古’韓国語――」では、20世紀前半の朝鮮学者、前間恭作による歌曲の校注態度を論じた。この成果は、今後校勘学的な視野からの検討において、一つの視座を提供することとなろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画においては、2021年度には、異本間で見いだされる連音標の異同に対し、「本歌曲」の範囲内においてその原因を究明する予定であったが、この点については今なお網羅的検討、考察を行えていない。これは、前項で述べたように、対象辞説の変異の軌跡に関する情報を一々にデータベースに追加するという、当初の計画に無かった作業が加わったことに、主に起因する。しかしながら、この作業が加わったことにより、今後の研究段階において、アクセント資料としての『歌曲源流』の性格を、より細かに探ることが可能になると考えられる。すなわち、全年度にわたる計画として見た時には、必ずしも遅れとするに足りない。これに関しては、次項で述べる。 また、二数大葉の分化に関する研究成果を発表できた背景には、2020年度までにおける順調な電子データベース構築という裏打ちがある。歌曲を資料としたアクセント研究のためのインフラ整備と成果発表とが、相乗効果をもたらしつつ、着実に歩み出し始めているものと評価してよい。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策の総体的な流れとしては、当初の計画から大きな変更は無い。ただし、前項で述べた通り、当初の計画では必ずしも明確に想定されていなかった作業が現在も進行中であるため、それを含め、研究過程において当面推進すべき部分につき、記すこととする。 第一には、歴代歌集における辞説の変異の過程という校勘学的情報を、現在までに構築している電子データベースに反映させる作業である。この過程を経る理由は、もとよりアクセントと旋律の対応における例外に対し、説明の可能性を探るためである。『歌曲源流』においてはアクセントと旋律との間には、対応上の例外が、現に存在する。然るに、そういった例外的事例において、例えばより古い時期の歌集では当該の箇所に別の語が用いられており、そのアクセントが旋律との対応として一般的なパターンを示す、といった事例があったとする。そうした場合、『歌曲源流』におけるアクセントと旋律の対応の「例外」は、辞説は変異したものの、旋律は変異以前の辞説のアクセントを反映したまま伝えられたために起こったもの、と説明し得る可能性が開ける。更には、もしもそのような事例が一定数確保され、かつ辞説の変異の「時点」に一定の傾向が見られたとすれば、それは『歌曲源流』に反映される楽曲伝承の系統を解明する糸口となる可能性がある。 第二には、『歌曲源流』異本間における連音標の異同のパターン化と統計的観点からの検討である。これまでにデータベース構築を進める中で捉えられた傾向を見ると、辞説は同一であるにもかかわらず記された連音標が異本間で異なる、という事例においては、往々にしてその異なり方に一定のパターンが存在する可能性ある。異本により、連音標使用の方針にも若干の差異が存する可能性があろう。その規則性が明らかにされれば、『歌曲源流』の連音標レベルにおける「定本」の確定にも大きな一助となり得るであろう。
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Causes of Carryover |
2021年度は「新型コロナウイルス感染症の感染拡大」の影響により、当初、文献資料調査、学会参加等のための旅費と想定していた費用を、書籍の形態の資料蒐集へと回すこととなった。それら個々の資料の購入額を総計したところ、交付額との間に176円の差を生じ、2022年度へと繰り越すこととなった。「コロナ禍」の影響は2022年度も一定期間持続することと予想されるため、引き続き、資料の蒐集を進め、研究環境の整備につとめたい。
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