2022 Fiscal Year Research-status Report
『歌曲源流』‘連音標’の基礎的研究――朝鮮語アクセント史資料としての再照明――
Project/Area Number |
20K13014
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Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
杉山 豊 京都産業大学, 外国語学部, 准教授 (50733375)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 歌曲源流 / 女唱歌謡録 / 歌曲 / 連音標 / アクセント / 中期朝鮮語 |
Outline of Annual Research Achievements |
年度の前半には、『歌曲源流』系歌集諸本における、歌詞(‘辞説’)及び‘連音標’の対照データベースの拡充を行った。対照は、男唱及び女唱に属する、羽調及び界面調「二数大葉」系諸曲とした。作業の内容は、個別辞説の来歴に関する情報の反映、とまとめることができる。すなわち、個々の辞説が『歌曲源流』以前の歌集においていかなる異文を有するか、確認、注記した。かかる作業は、歌曲旋律とアクセントの対応における例外への解釈を第一義的目的とする。例えば、ある辞説のある箇所において、当該箇所の有するアクセントと、当該箇所の旋律との間に、一般的な対応関係から外れる事例が見られたとする。ところが、当該辞説の当該箇所が、『歌曲源流』以前の歌集では別の語彙、語形となっていて、且つその場合のアクセントと『歌曲源流』に記された旋律とが、‘一般的な’対応を示したならば、『歌曲源流』における‘例外’は、伝承の過程で発生した辞説の変異に基づくズレが原因であるという、解釈の余地が生ずる。この問題に関しては、個々の事例を対象に、引き続き検討を要する。なお、今回対象とした辞説は、『歌曲源流』大多数が『青丘永言』(珍本)や『瓶窩歌曲集』等、最初期の歌集以来の伝承を有するものであることが明らかとなった。『歌曲源流』編纂時点の歌曲の旋律が、かつての朝鮮語のアクセントが反映しているという仮説の妥当性を、更に補強するものと言える。 年度の後半には、対象とした『歌曲源流』系個別歌集それぞれにおける、アクセント反映度を、やはり上述の楽曲を対象に行った。結果、『歌曲源流』国楽院本、『協律大成』、『歌曲源流』河合文庫本、においては旋律とアクセントとの間に高い相関性が認められる一方、『女唱歌謡録』東洋文庫本、仝李恵求博士所蔵本においては、これが大きく低下した。今後、19世紀における女唱歌曲の発達との関連を含め、解釈を試みたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、本年度には「弄・楽・編」といった、いわゆる「小歌曲」を対象に、旋律とアクセントとの関係性を明らかにし、然る後に、『歌曲源流』諸異本における、旋律の伝承の上での系統関係の究明を試みることを、目標としていた。然るに、実際の研究遂行は、上項で述べた如く「二数大葉」系諸曲の範囲に止まっている。その理由は、2021年度に着手したデータベースの拡充に、年度の前半には主に注力していたことを挙げることができる。のみならず、やはり上述の通り、個別歌集それぞれにおける旋律へのアクセント反映度を検討した結果、『歌曲源流』系諸歌集の中に在って、『女唱歌謡録』のみは他の諸歌集と大きく異なる様相を呈することが明らかとなった。この事実をいかに解釈、説明すべきかという、当初想定されていなかった課題が現前したのである。 にもかかわらず、進捗状況を「おおむね順調」と評価した理由は以下の通りである。すなわち、本研究は、『歌曲源流』系諸歌集の朝鮮語アクセント史資料としての性格究明を、その大きな目的の一つとする。然るに、『女唱歌謡録』が、このアクセント資料としての性格という観点から見たとき、他の歌集とは一線を画するという事実が明らかになったこと自体、重要な一歩であると評価し得る。更には、『女唱歌謡録』という歌集の成立の動機や、女唱歌曲の発達、伝承過程という、新たな検討対象が提供されたことで、本研究の目的遂行のための、もう一つの視座が獲得され得る可能性が開けたと言える。 総じて、現在の研究遂行状況は、当初の研究計画に照らしたときにはいささか相違が見られるものの、研究目的の趣旨に鑑みるならば、必ずしも遅れていると評するに足らない。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の最終年度たる2023年度の研究は、大きく以下のような方向性の下、計画されている。 一点目は、『歌曲源流』系諸本における、旋律とアクセントとの対応の‘例外’に対する解釈、原因究明である。この過程では、2022年度に行った、『歌曲源流』以前の諸歌集との対校の結果が生かされよう。また、旋律とアクセントとの間における一致/不一致は、楽曲内の位置によっても、その頻度や傾向性に異なりがあるようであり、かつ、歌集それぞれの‘個性’が存在するように見受けられる。個別事例につき、多角的な検討を試みつつ、得られた知見を、随時世に問うてゆきたい。 二点目は、『女唱歌謡録』(東洋文庫本、李恵求博士所蔵本の二種)のアクセント資料的性格の究明である。該二書が特異性を存すること、上述の通りである。かかる事実につき、19世紀における女唱歌曲の発達との関連も視野に入れ、究明を試みる。この過程においては、既存の音楽史研究諸家の研究成果を大いに、そして批判的に取り入れてゆくこととなろう。 三点目は、本来2022年度に予定されていた「小歌曲」への検討である。この過程においても、やはり音楽史研究の成果を参照することで、「傍点廃止後」の朝鮮語ソウル方言のアクセント史を微視的にたどる手がかりが得られることと期待される。 以上を総合することで、アクセント史資料‘群’たる『歌曲源流』系歌集の見取り図を描き出すことが、本研究の最終的な目標である。その成果は、独り言語史の分野に止まらず、音楽史の研究においても、裨益する所があろうと期待する。
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Causes of Carryover |
2022年度も、「新型コロナウイルス感染症」の影響下にあり、学会、研究会は基本的にオンラインで開催された。また、インターネット上における文献資料の公開範囲も徐々に拡大している。そのため、文献資料調査、学会参加等のための旅費として当初算定していた費用は、書籍として刊行された資料の蒐集へと回すこととなった。その購入額を総計したところ、交付額との間に4,185円の差を生じ、2023年度へと繰り越すこととなった。2023年には、「コロナ禍」において強いられた様々な制限が緩和されてゆくと見られる。資料蒐集も継続してゆく一方、対面での学会参加、実地での資料調査の機会を積極的に活用してゆきたい。
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