2021 Fiscal Year Research-status Report
The Immigrant Intellectual in Brazil's Nikkei Community - Intellectual Practice and Speech
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20K13159
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 日系ブラジル社会 / 戦争経験 / 集団記憶 / ナショナリズム / 岸本昂一 / マリオ・ボーテリョ・デ・ミランダ / 知識人 / 言論活動 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度につづき、本年度は岸本昂一の『南米の戦野に孤立して』を中心に日系ブラジル社会における第二次世界大戦の記憶およびそれをめぐる言説を分析した。岸本は、1947年にその著作を刊行し、日系ブラジル移民が戦中に経験した弾圧を糾弾した。岸本の本が一種のベストセラーになったにも関わらず、反ブラジル的な思想を含むとされ、禁書にされた。岸本自身も拘留され、帰化権を剥奪される寸前までに状況が悪化した。法廷での闘いは岸本の勝訴で終わるが、10年間も続いた。 長きにわたり忘れられてきた岸本の著作の内容分析のみならず、その著作が日系ブラジル社会の集団記憶のうちに如何に位置付けられてきたか、また岸本が代表するナショナリズムの系統は戦後の日系ブラジル社会においてどの形態で継続したかを論じた。その時、岸本が戦後に訴訟を起こされる際に通訳人として関わったブラジル人のマリオ・ボーテリョ・デ・ミランダの存在も分析した。戦前、ミランダは著名な親日家で、1940年から日本政府の招待を受け来日することになり、1942年まで日本で生活した。戦時中の日本を経験したミランダは、帰国後、1944年に大日本帝国の帝国主義および侵略主義を批判する著作『戦時の日本』をポルトガル語で刊行した。ミランダの日本での経験と岸本の著作を比べ、ナショナリズムの魔力に抗えなかった二人の人物の体験記として分析した。このテーマについてラテンアメリカ学会の年次大会および複数の研究会・ワークショップで発表した後、一本の論文として纏め、JICA海外移住資料館の『研究紀要』16号に投降した。この論文は第二回JICA海外移住論文および評論懸賞の論文部門において最優秀賞を受賞した。その他、日系ブラジル社会における「聖戦」の言説と言論界の関係も分析し、最終年度はそれについて成果を纏める準備をした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ禍により海外での現地調査が実質的に実施できない状況は昨年度と同様である。本研究の研究計画書を提出した際、2回にわたるブラジルでの現地調査を予定していたが、今までそれが出来ていないことが非常に残念である。可能であれば、最終年度である今年度でも調査に行き、史料を収集したいと思う。 ただし、国内調査および日本で入手できる史料に頼らざるを得ない状況下でも、本研究は概ね順調に進展しているといえる。それは、本研究が主題としてしている日系ブラジル社会で活躍した移民知識人による著作および史料を日本からやや多く手に入れることが出来たからである。それは初年度で筆者がブラジルに拠点をおく様々な機関(サンパウロ人文科学研究所および移民資料館など)との協同体制を築くことが出来たからである。郵送やメールでのやり取りになり、現地の調査協力者に頼る毎日であったが、研究活動を停止させず、有意義な研究が出来たと確信している。 新しい一次史料の「発掘」および活用を意図していた当初の計画からの調整・軌道修正が必要であったが、今までなされて来なかった既存の史料の位置付けおよび分析は出来ており、成果も出せている。なお、近年の史料のデジタル化、特に日系ブラジル社会において発行された日本語新聞(邦字新聞)を比較的に簡単に閲覧できるようになったこともこの調整を可能にしたことを申し添える。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度は、国内調査を継続させ、概ね研究計画通りに実施するつもりである。ブラジルでの現地調査は可能であれば実施したいが、それが難しい場合でも引き続き現地の研究者と協力し,史料の提供や,情報交換を心掛け,オンラインでも協力体制を補強するつもりである。 2021年度に分析を始めた日系ブラジル社会の言論界における「聖戦」の言説、特に大東亜共栄圏への再移住の問題を中心的に取り上げ、研究成果を纏める予定である。 本年度につづき、2022年度もこの研究の成果を学会および研究会で報告し、できればもう一本の論文として纏めたい。また、このプロジェクトの延長線上において展開すべく、次に実施する研究への接合として未決の課題を提示し、日系ブラジル社会で活躍した移民知識人をめぐる研究の重要性を訴えたい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍により国内・国外調査が実施しにくくなり、本研究の初年度に予定していた作業は大幅に調整されなければならなかった。国内・国外移動の規制により,直接経費の大半を占めていた「旅費」は使えず,その一部が翌年度に繰越される結果になり、また最終年度の令和4年にも繰越されることになった。それが次年度使用額が生じた最大の理由である。「旅費」に充てるつもりであった予算の一部は,本研究の2年目・3年目に購入を予定していた物品(主に史料,研究図書など)に充てると共に、ブラジルからの史料の取り寄せ、遠隔複写の利用などに充てた。予定していた「物品費」・「その他」の使用額が多くなった理由である。 なお,パンデミック下での調査・研究は,当初予定していた研究計画書の改正・軌道修正により,国会図書館の遠隔複写サービスの利用や,史料・書籍の購入に頼らざるを得なくなったところが大きい。2020年度・2021年度の使用額のほとんどは,そういうものに充てられた。
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