2011 Fiscal Year Annual Research Report
一分子生理学を超えて:生体分子機械を力で優しく働かせる
Project/Area Number |
21000011
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
木下 一彦 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (30124366)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
石渡 信一 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (10130866)
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Keywords | ATP合成酵素 / イオンチャネル / F1-ATPase / Reverse gyrase / 紡錘体 / 分子モーター |
Research Abstract |
回転分子モーターF1-ATPaseの逆回転によるATP合成に関し、ADPが結合する角度近辺では、燐酸の存在によりATPの結合が阻害されることが分かった。効率よいATP合成を保証する仕掛けである。昨年度までの結果と合わせ、燐酸有りと無しそれぞれにおけるATPおよびADPの結合・解離速度定数の回転角依存性が求められ、Boyerの結合変化説の実体を示すことができた。また、回転子頭部を削除しさらに回転軸部分にも置換を入れた変異体がミクロンサイズのビーズを回転させられることが分かり、これまでの結果と合わせ、トルク発生に必須な天然のアミノ酸残基は一つもないことが示せた。 好熱菌のATP合成酵素を用い、合成の駆動力である膜電位とpH差のそれぞれが、合成速度に全く同等の寄与をすることを示した。片方が負でも両者の代数和が等しければ合成速度が等しくなることを示したのは初めてである。また、ATP合成の逆反応としてのATP分解駆動のプロトンポンプ活性を定量できるようになった。ポンプ活性の直接定量は、他の生物種においてもこれまで報告がない。 イオンチャネルの手動開閉を目指し、電位センサーを始め何カ所かに、操作用のハンドルを遺伝子的に導入した。発現効率に差があるが、いずれも単一チャネル電流を確認できた。その他、DNAの二重螺旋をさらにきつく巻くreverse gyraseは、100回転以上にわたりprocessiveにDNAを回転させられることが分かった。微少管の両端に結合して脱重合させる蛋白質MCAKが、1 pN程度の力を出すモーター作用があることを示し、染色体移動に力を発揮し得ることを証明した。紡錘体(染色体分裂装置)の形状保持機構に関し、外力刺激後の時間に応じて弾性的ないし粘性的応答を示すことが分かり、粘弾性モデルを構築している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究開始初年度は研究員を雇傭できなかったため、出発が遅れたが、現在はほぼ順調に研究が進んでいる。回転分子モーターF1-ATPaseに関しては、3つの活性部位それぞれにおけるATPおよびADPの結合・解離の速度定数(したがって両者の比としての結合定数)を、燐酸存在下および非存在下のそれぞれにおいて、回転角の関数として決定できた。ノーベル賞を受賞したBoyerの結合変化説に、実体を与えたものである。速度定数は回転方向によらず、ATP合成が分解の道筋を逆にたどることを示す。当初、合成回転時にADPおよびATPの結合定数が全く同じように上昇するという結果が得られ、とまどった。その後、ADPとともに合成の基質である燐酸が、ATP結合を阻害することが分かり、ATP結合による合成失敗の可能性は低いという、納得できる結果となった。 挑戦的テーマ、イオンチャネルの手動開閉と、ATP合成酵素のプロトン駆動の回転の可視化および手動回転によるプロトンポンプ、に関しては、必要な遺伝子改変を含めた試料準備をすでに終え、顕微鏡下での試行錯誤を続けつつ、マクロな測定で定量的な成果を出しつつある。ATP合成における膜電位とpH差の等価性は、熱力学的には当然ながら、速度論的にも等価である保証は全くない。今回、生理的条件付近の限られた範囲とはいえ、速度論的に両者が等価であることがはっきり示されたことは、合成機構の本質解明に重要な示唆を与える。また、ATP分解によるプロトンポンプに関しては、意外なことにこれまで定量されたことがなかったことが分かった。種によってはポンプが主要な生理活性であり、この活性の定量化に目途がついたことは大きい。 MCAKはいわば「脱重合モーター」であり、脱重合で十分大きな力を出せる(外力に抗してものを引っ張れる)ことを直接示せたことは、生理的に大きな意義がある。
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Strategy for Future Research Activity |
F1-ATPaseに関しては、化学状態毎の回転ポテンシャルエネルギーの決定に向かいたい。すなわち、3つの活性部位それぞれに結合したヌクレオチドを仮想的に固定した上で(結合・解離・分解・合成を禁止した上で)、回転子γサブユニットを回転させたとき、回転角に応じてたんぱく質分子全体のエネルギーがどのように変化するのかを実測したい。このポテンシャルエネルギーの勾配は、下り勾配ならF1の出す回転力(トルク)、上り勾配ならF1を回転させるのに必要な外部トルクである。実際の回転では化学状態が次々と入れ替わるが、いったん化学状態毎のエネルギーが分かってしまえば、どんな外的条件(ヌクレオチド濃度および外部トルク)の下での回転でも予想できることになる。これは、F1-ATPaseという代表的な分子機械の究極の理解といってよく、研究代表者の夢であったが、化学状態の固定は非現実的なので無理だと諦めていた。しかし上記の成果において、化学状態は固定せずとも「観察」すればよいことが分かった。トルクも原理的には測定できるので、それを積分すればポテンシャルエネルギーが得られる。これを大目標の一つに掲げたい。 二つの挑戦的テーマに関しては、準備はほぼ整っており、後は試行錯誤である。運にも頼らざるを得ない難しい実験であるが、上記と合わせて3つのテーマに主力を注いでいきたい。
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Research Products
(25 results)