2011 Fiscal Year Annual Research Report
銅板油彩画の誕生とその展開-16世紀南北ヨーロッパ美術の交流の観点から-
Project/Area Number |
21520115
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10340762)
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Keywords | 美術史 / 芸術諸学 / 西洋美術 / 絵画技法 / マーケティング / 細密画 / ネーデルラント / ローマ |
Research Abstract |
本研究の目的は、銅板上に油絵具を用いて絵画を描く「鋼板油彩画」という独特の絵画形態について、その誕生と黎明期の様相に関する包括的な考察を行うことにある。最終年次にあたる本年度は、「16世紀末の銅板油彩画の普及」について研究を行った。 1570年代、ローマに滞在したスプランゲルがこの新奇なメディウムを存分に活用して以降、銅板油彩画はイタリアの画家との差異化を最も図りうる領域として細密描写に長けた北方画家の間に速やかに浸透していった。なかでも興味深い動きを示したのが、ヤン・ブリューゲル(父)である。ヤンはイタリア滞在中の1590年代前半からネーデルラント帰郷後の1600年代に集中して、いわゆる「地獄絵」を手がけた。「地獄絵」は文字通り地獄と奇怪な悪魔を題材としたもので、16世紀前半にボスの追随者達が制作して以降、北方画家の得意な画題として、イタリアでも人気を博していた。ヤン・ブリューゲル(父)はイタリア滞在時、この「地獄絵」に積極的に取り組んだが、その際、彼は、高尚さに欠ける「滑稽な主題」とされていた「地獄絵」を目の肥えた芸術愛好家の鑑賞に堪えうるものにすべく、古典主題に物語場面を求める、ラファエロの人物造形に依拠するなど様々な工夫を凝らした。そうした試みの一環として、地獄絵特有の魅力である漆黒の闇と紅蓮の炎の描写を引き立たせるべく、ヤンは、細密描写に適しており、かつ、油彩絵具の発色を最大限にひきだす銅板を選択したのである。 ヤン・ブリューゲル(父)の成功が一つの契機となって、地獄絵や風景画など、いわゆる絵画ジャンルのヒエラルキーの下位に属する画題を、その描写の妙により際立たせるため、北方の風景画家の間でも銅板という支持体が積極的に用いられるようになったと考えられる。以上、本研究が3年間にわたって明らかにした16世紀初頭より続いた銅板油彩画をめぐる多様な試みが、17世紀の銅板油彩画の隆盛の素地を形成したのであった。
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Research Products
(3 results)