2009 Fiscal Year Annual Research Report
Edgar Kantの北欧諸国における先駆的中心地研究
Project/Area Number |
21520800
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
杉浦 芳夫 Tokyo Metropolitan University, 都市環境科学研究科, 教授 (00117714)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
原山 道子 首都大学東京, 都市環境科学研究科, 助教 (00117722)
石崎 研二 奈良女子大学, 文学部, 准教授 (10281239)
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Keywords | 中心地理論 / Edgar Kant / エストニア / 立地・配分モデル / 地理学史 |
Research Abstract |
今年度はまず、1930年代エストニアの中心地分布に関するEdgar Kantの学位論文(1935)を精読した。学位論文の後半部分が、中心地の分布に関する章になっている。Christaller(1933)の電話を指標とした中心地計測法について検討し、彼の方法では各中心地の経済的基盤が十分に考慮されていないと批判している。Christaller(1933)の方法にならった中心地の階層区分も行なうが、最終的には、産業人口を指標にした方法によって、エストニアの中心地階層区分を行なっている。当時のエストニアの中心地システムは、バルト海沿岸のTallinnを中心とするサブシステムと、内陸部Tartuを中心とするサブシステムからなっており、後半では、Christaller(1933)の南ドイツを対象としたテクストと同様に、この二つのサブシステムについて詳細な説明が試みられている。以上がKantのエストニアを対象とした中心地研究の概要であるが、Buttimer(1987,1994)等が紹介しているのとは異なり、少なくとも方法の点では、単純なChristaller(1933)の研究の追試研究ではないといえよう。とくに、二つの中心地サブシステムの記述については、Christaller(1933)が主として経済原理によって説明しようとしていたのに対し、より生態環境的側面に踏み込んだ説明を行なっているのが注目される点である。これは、Kantがドイツ語以外の地理学文献を広く渉猟し、とくに当時のフランス学派の影響を強く受けていたことを証左するものかもしれない。またそれは、極寒の地により近いエストニアの風土を考慮すれば、そうした側面が具体的な中心地分布の説明には不可欠であることを示唆するものかもしれない。このKantの中心地研究が、やがて公表されるエストニアの新しい行政領域区分案にどのような影響を与えたのかという点についての検討は、来年度の課題としたい。なお、今年度は、Kantが設定したエストニアの中心地の階層的空間分布に対する、階層的立地・配分モデルによる具体的分析は行なっていないが、それに向けての準備の意味もあって、ネットワーク空間上での不均一な人口密度を考慮した、多目的計画法援用の中心地立地モデルを開発した。
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Research Products
(3 results)