Research Abstract |
本研究は,主権国家の境界空間に位置するバスク地方が領域として実体化する様子を,ボーダースケープという景観概念を導入し,それに関与する諸アクタと空間の相互作用を観察することで明らかにすることを目的としている。 ボーダースケープを表象する指標として「基礎自治体名称」を採用した。初年度にあたる一昨年度は,バスク自治州における基礎自治体名称変更を調査したが,プロジェクト2年目にあたる昨年度は,ナバラ自治州を中心に調査を実施した。ナバラ自治州の場合,州全体を3つの社会言語圏に区分しており,各言語圏によりバスク語の公用語としての地位が異なるため,自治体名称のバスク語化の事例は,北部のバスク語圏と中央部の混合圏に限定され,南部の非バスク語圏では皆無である。それでも自治確立の1986年から2010年1月までの段階で,102の自治体が名称変更を経験している。これらの名称変更のうちいくつかの事例を丹念に調査すると,名称変更に関わる主体(自治体,州政府・司法,バスク語アカデミーなど)が複雑に関与する事例がいくつか存在し,特に近年,それらの政治力学が大きく変化しつつあることがわかる。例えば,ナバラ自治州北部バスク語圏のVera de Bidasoaは,当初州政府にBera/Vera de Bidasoaというバイリンガル名称への変更を申請し却下された。州政府はバイリンガル地名の両者が告示するために変更の必要なしとの判断であるが,当自治体はバスク語地名の復活を強く望んでおり,州裁判所に不服を申し立てた。それに対し州裁判所は,2006年に変更は妥当との判決をくだし,変更が承認された。この事例は,関与した主体がどのような政治的ベクトルで名称変更を解釈し,かつそれらの間にどのような力学が作用したかを知る,大変興味深い事例である。同様のことが混合圏の自治体(OrcoyenからOrkoienへの変更)でも生じていることが興味深い。本来混合圏ではバスク語単独の地名は認められてこなかったが,この変更について州裁判所が合法との判断を下している。その背後には,ナバラ自治州内部の政治力学のみならず,スペイン国内さらにはEUとの政治力学も作用している。これらの事例を丹念に調査することにより,自治体名称変更からみたボーダーランドの政治地理学的景観があきらかになろう。
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