Research Abstract |
本年度の研究においては,「人権」と「主権」という2つの概念に注目した。これら2つは従来から,人権の強制的な担保の担い手が,主に「主権国家」という法的人格であるという点において,深いかかわりをもってきた。さらに今日では,破綻国家をはじめとして,自らの人民の最低限の人権さえ保障できない国家,あるいは自国の人民の生命・身体という基本的な人権さえ侵害する国家が,次々と国際世論の批判を浴びている。グローバルなスケールでは恒常的に生じているこのような人権侵害を前に,それを目撃する他国は人権保護のために他国の主権にさえ介入すべきなのかという議論が,国際関係論や国際法の領域で近時盛んに行われている。 このような背景のもと,本年度は,人権一般の相互的性格と人権の中の核心的権利の無条件性との双方を強調するデイヴィッド・ミラーの人権論と,国家の主権が他国の主権を同様に尊重することを条件として他国から尊重されるという意味において,主権の相互性を主張する政治学者ヘンリー・シューの主権論に着目した。ミラーが言うように,人権が相互的尊重に基礎を置くのだとすれば,人権は,デイヴィッド・ヒュームの言うコンヴェンションの確立という意味で,「社会」の存在を前提とし,かつ含意している。他方,シューによると,主権の尊重もその相互性を前提とするならば,このことは,現代の大国が海外の紛争を静観する主権を制限され,「殺されない権利」という最も基本的な人権を保護するために武力を用いてさえ他国に介入する積極的義務を負わされることを含意する。そればかりか,主権という権利の相互的尊重のルールが通用するかぎり,それは,国家を跨ぐ社会(international society)が実体としてそこに存在することを意味している。 このような本研究の洞察は,国家という「人為的人格」の性格が国民の社会契約という概念によって分析されるだけでは足りず,主権国家間の相互的なルール形成,すなわち「国際社会」の存在の文脈の中で,その本質をとらえ直すことの必要性を明らかにしたと評価できる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度執筆した2篇の論文が,"Should Society Guarantee Individuals a Right to Keep 'Normal Functioning'?" in Albers, Hoffmann, and Reinhardt(eds.) Human Rights and Human Nature, Springer及び,"Human Rights and International Society" in Sakurai and Usami(eds.) Human Rights and Global Justice, Archiv fur Rechts und Sozialphilosophie Beiheft, Franz Steinerとして近々公刊される。
|
Strategy for Future Research Activity |
本年度は主権国家がもつ「人権保障」という機能と主権概念との複雑な規範的関係に着目するに至り,国家の人為的人格としての本質を国際社会の文脈の中でとらえ返すことの重要性に想到することができた。このような研究成果や上掲の2論文の内容をさらに発展させるために,6月にはブラジルのレシフェでの第26回IVR世界大会予備会合において"Global Justice and Human Rights"という講演を行うことによって,学術的意見交換を活発化させることを計画中である。
|