Research Abstract |
本年度は以下の点を実施した。(1)交通外傷後脳損傷患者(前頭障害)らを対象に,系列物品使用時の注視行動分析を実施した。(2)昨年度に引き続き,小脳損傷者の注視行動分析と系列物品使用障害との関連性についてさらに検討した。(1)では,患者は,MMSEなど全般的認知機能は保たれ,前頭機能検査において障害を認める患者を対象としている。ただし職場復帰においては,ほぼ通常業務に復帰している患者から,それが不可能となった患者までばらつきを認める。全ての患者において課題エラーはほぼ認めず遂行可能であった。しかしながら視覚探索においては,周辺視野に入る誤選択物品に対し,頻回な到達把持や把持未遂が観察された。また,前頭損傷患者に共通して,先行注視(当座の行為には直接関係しないが,後々の行為には関連する対象への事前注視)が減少する傾向にあった。このような注視パタンは小脳損傷患者(昨年度報告)と同様であった。また先行注視は適切な道具や物品のみならず,誤選択肢に対しても向けられた結果,誤選択肢に対しても到達把持未遂が観察された。この点も小脳損傷患者と同様な傾向であった。まだ詳細な分析の途中であるため損傷部位間での比較は出来ないが,少なくともこれらの患者では,対象物品の情報の一時的な保持に通じるような視覚探索は,健常者ほど行われていないといえる。つまり別の視覚探索戦略で系列行為を遂行していることが予想された。また先行注視後の選択肢や誤選択肢への到達把持未遂に象徴的なように,個々の行為の選択や系列的な組織化処理の段階において,この先行注視がある促進的な作用を発揮していることが推測される。(2)の分析から,この先行注視は行為のエラーの数とは(負の)相関を認めない。エラー数と負の相関傾向を示したのはむしろ,道具(例:急須)への到達運動から,道具対象(例:湯呑み)に対する実際の操作(例:茶を注ぐ)を開始するまでの間に向けられた道具対象への注視量であった。つまりエラーを呈する際には,その直前にエラー対象を十分に知覚していないといえる。行為の認知モデル(Norman & Shallice,1986)を参考にこの現象を検討するなら,半ば自動化された個々の道具操作が,環境情報(道具と関連付ける対象が何で,何処に位置するか)無しに,独りでに行為のネットワークから遊離した現象(liberated automatism, Baars 1982)と解釈しうる。このように視線計測を用いた詳細な行動学的手法によって,その障害(あるいは行為の達成)の背後に存在する,従来観察し得なかったメカニズムを具体的に明らかにすることが出来たといえる。同時にこうした行動学的変数を抽出することは,神経基盤,神経心理学的障害,実行為のエラー(あるいは達成)との関連性の検討において有力な情報をもたらすことが可能である。したがって主に机上検査によって行為や道具の概念レベルの障害を検討してきた従来の失行研究に新しい可能性をもたらす(Schwartz,2006,Forde,2010,Giovannetti,2012)。
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