2009 Fiscal Year Annual Research Report
なぜ長い18世紀の英国の劇場では女優だけが〈黒塗り〉をしなかったのか?
Project/Area Number |
21720085
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Research Institution | Kitami Institute of Technology |
Principal Investigator |
福士 航 Kitami Institute of Technology, 工学部, 准教授 (10431397)
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Keywords | 英米文学 |
Research Abstract |
今年度は基礎研究に重点をおいた。具体的には、主に演技術・俳優伝の分野における重要な歴史資料であるThe Life of Mr.Thomas Bettertonを精読し、演劇的な所作の約束事・表現方法に見られる美的価値観を精査した。また、Thomas SoutherneによるOroonoko改作を、上演時における配役・劇場と劇団の状況の歴史的コンテクストにおいて精査した。Felicity Nussbaum, The Limits of the Humanなどの先行研究では、「白さ」と「女性的美徳」とを結びつける宗教的・美学的な言説が、劇場に影響を与えたことを論じたが、劇場の内部にこそ、女優が<黒塗り>を避ける力学が生まれ、再生産されたことを論じた点に本研究の重要性がある。 具体的には、Life of Bettertonを参照しながら、18世紀劇場で俳優が試みていたことは、内面の感情を演技によって外部に開くことだった点を確認し、Oroonokoのテクストも、哀れみpityや怒りresentmentなどを表現する「見せ場」pointの運続で構成されていることを指摘した。18世紀劇場は「第4の壁」式の劇場ではなく、俳優と観客が交流しあうことを前提としており、その交流の中には劇の演目によって<感動>を共有することも含まれる。Aphra Behnの原作では黒人同士の悲恋であったOroopokoというテクストは、そのままでは劇場での演目として利益を生むものにはならず、<感動>の共有という目的のために、黒人と白人女性というカップルに作りかえられなければならなかったのである。18世紀劇場で人気演目となったOroonokoは再演され続け、イデオロギー再生産の装置としての劇場は、黒人同士の悲恋を不在の領域へと押しやり続けたのだ。 第48回シェイクスピア学会で以上の成果を発表した。
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