2010 Fiscal Year Annual Research Report
現代文学を通して眺めた20世紀の極限体験(収容所や原爆)
Project/Area Number |
21720127
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
安原 伸一朗 日本大学, 商学部, 講師 (80447325)
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Keywords | ヨーロッパ文学 / 文学論 / 極限体験 |
Research Abstract |
本年度は、20世紀における極限体験の一つであるナチス強制収容所をめぐる文学について、今後の研究の出発点となるべき一つの視点を打ち出した。囚人として収容所を生き延びた人々が、自分の極限体験を語る際に、単に体験をつづった「証言」ないし「日記」でもなく、センセーショナルに告発を行ない、読者の感動を惹起する虚構を含む「小説」でもなく、しばしば、自らの体験した事柄を描きながら事後的な省察を加えた「物語」を書いている事実を取り上げて、なぜこの場合に「物語」が要請されるのかという問いを分析した。ロベール・アンテルムやプリーモ・レーヴィ、ジャン・ケロールやシャルロット・デルポらによる「物語」と、ホルヘ・センプルンの「小説」との比較と分析を通じて、彼らの「物語」が、一方では、収容所での死者に対する生き残りとしての罪悪感、およびそれから生じる自分の証言の不完全さの認識、他方では、自らのかけがえのない個人的体験を伝達する固い意志、とはいえ、安易な理解を退けたいという願望といった、きわめて相矛盾する要素をはらんでいることが明らかとなった。彼らの「物語」においては、自分だけの極限体験が、誰にでも理解可能な形で書き記されながらも、自分のことばが完全な証言とはならない(つまり完全な証人とは死者にほかならない)という意識に裏打ちされており、そこには、「読め」「知れ」という命令だけでなく、「これらのことばを読んで理解したつもりになってはならない」という打消しの命令もまた含まれていることが明らかにされた。この成果は、論文「「読め」、「知れ」、そして「黙れ」--ナチス収容所の極限体験を語る「物語」の根拠」としてまとめられている。今後は、それぞれの「物語」の比較研究が要求される。
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