2021 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
21J10002
|
Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
宮前 健太郎 筑波大学, 人文社会科学研究科, 特別研究員(DC2)
|
Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2023-03-31
|
Keywords | コレラ / 流言 |
Outline of Annual Research Achievements |
伝染病、コレラの流行はうわさ話(流言)や一揆、感染を恐れた病院による患者のたらい回し、消毒物品の買い占めなど、多くの弊害を伴った。中でも流言の発出と伝播は当該社会において、広く社会的対処を妨げてきた難敵だ。既存の衛生研究においてコレラが検討される場合、最も時期区分として言及されやすいのはおそらく明治初頭である。背景としては内務省衛生局の設立以降、隔離行政、衛生知識の啓発、一揆取り締まりなど種々の動きが顕在化したことが大きい。ゆえに、江戸文政期に初めて流行した事実がありながらも、江戸期におけるコレラ病体験やその明治期に対する連続・断絶については研究が比較的手薄であった。上記のような問題意識に基づき、江戸期・明治期コレラ禍をめぐる流言記録の収集を通して、それがどのような背景を現しているか検討した。 コレラにまつわる流言記録について収集を試みる場合、稀有な存在ではあるが三通りの事例を発見することができた。まず、江戸時代安政期の記録文書、『安政箇労痢流行記』である。この文書には安政期に流行したコレラに関する、当時信じられていた憑依現象的な原因論、俗説、民間療法などが記録されていた。次に明治期の『讀賣新聞』のような小新聞や地方紙である。コレラについて紙面が伝える際に、衛生事業の妨げになるような一揆の発話がどのような内容であったかが僅かに記載されていた。例えば、「隔離施設では血や臓器を奪われる」といった解釈は比較的事例が多かった。最後にコレラの予防効果にまつわる流言が広がった際に発生した買い占め行動、それによる特定商品の品薄現象を紙面が報じる場合である。それを見ることによって、発端となった流言がどのような内容だったか確認することができた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
伝染病・コレラについて考察する上で見逃せないのは、万単位の死者を伴う災害の中で「病院に隔離された患者は体を切り刻まれる」、「警察官たちは井戸に毒を投げ込んでいる」といったうわさ話が生起してきた事実である。多くの死傷者が出た暴動「コレラ一揆」も、元々は流言の発出によって起きたものだ。「うわさ話を素材に歴史を描く」という社会学の営為は、それによって誰の、どのような体験がたぐり寄せられるかを詳しく検討することで可能になるのである。 「流言」とは、曖昧な状況に置かれた者たちが、その状況に有意味な解釈を行おうと尽力する一種の相互行為であり、危機状況において素早く身を守るために知識の断片をつなぎ合わせて行われる防衛行動である。本研究では語り手が何らかの自衛行為、例えば避病院襲撃や入院拒否、特定物品の優先的な購入に及んでいることが確認された場合、それを流言の記録とみなし分析の対象とした。
|
Strategy for Future Research Activity |
明治期並びに大正期の、これまで検討してこなかった紙面記録の収集と整理を行っていく。例えば、朝日新聞と読売新聞には早い時期から家庭欄が設けられており、家庭での衛生教育をめぐる衛生記事が記録として残されている。それらの記録を収集し、流言の発出記録とも比較検討しながら科学的啓蒙において担った役割を検討する。 明治期は、伝染病対策をめぐって初めて隔離、消毒、衛生啓発などの事業が本格的に行われるようになった変動時期でもある。政府自治体による広報メディアとしての大衆新聞が組織化されたタイミングとも、時期を同じくしている。ただし、後年内務省衛生局代表、長与専斎が回顧しているように、コレラ蔓延の中で、目的や理念が不透明な避病院が突如現れたこと、消毒や隔離の多くが警察行政に委ねられ、十分な社会的合意を伴えなかったことは人々の間に恐怖心を生み、のちに見られる一揆の頻発に繋がっていった。こういった背景を踏まえ、「人災」としてのコレラ禍をめぐる流言蜚語を資料に寄り添いながら捉えることを重視する。 次に、明治 20 年の「衛生参考品展覧会」(東京・築地)を皮切りに各地で開催されてきた衛生思想啓発のための展覧会、「衛生展覧会」について記録の収集と考察を行う。これは展覧会のような大衆啓蒙装置が、敵対する流言に対しいかなる社会的認識を構成してゆくことになるのか明らかにするためである。社会的認識の形成プロセスとその特質が十分に明らかになり次第、その認識がいかなる差別や社会の分断を生成してきたのかを独自に再検討し、投稿論文化を行う。
|
Research Products
(2 results)