2021 Fiscal Year Research-status Report
原発近隣地域の生活におけるモノ・場所との身体的かかわり
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21K01082
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
酒井 朋子 神戸大学, 人文学研究科, 准教授 (90589748)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 環境 / 身体 / 日常倫理 / モノ / 地域 / 原発事故 / 楢葉町 / 富岡町 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は研究プロジェクトの1年目ということで、調査地の置かれた状況についての資料収集や、研究史や理論をめぐる文献収集、それらの情報整理が中心的な作業となった。文献や資料の読解と整理を進めるとともに、関連分野の研究者との対話の機会にも恵まれ、課題の整理は着実に進んでいる。 研究発表については大きな成果とともに初年度を終えることができた。本研究の理論的枠組みを組み立てる上で重要となる論文2本を発表する作業が進んだ。1本は日本文化人類学会の学術誌『文化人類学』で企画した「道徳・倫理の人類学」にかかわる特集のなかの論文であり、2021年9月に出版された。もう1本はEuropean Association of Social Anthropologistsの学術誌Social Anthropologyの一般投稿論文であり、2021年度に査読を通過し、2022年6月-7月に出版される予定となっている。ともに人類学の分野では影響力ある雑誌での発表となった。 一方、福島県でのフィールド調査は、幾人かの研究協力者へのオンラインでの聞き取りにとどまった。理由は主に2つあり、新型コロナウィルスの感染拡大により対面調査が難しい時期が続いたことと、本年度末に職場が変わり、その準備等のタイミングの問題があったため、調査出張のスケジュールを組み立てることが難しかったことである。調査では本研究課題に深く関連する内容の語りを聞くことができたが、周辺環境のモノや場所との身体的かかわりに焦点を当てている本研究としては、やはり現地調査の必要性を強く感じる。2022年度は可能であれば4回、少なくとも3回の現地調査を行いたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
資料整理については、楢葉町と富岡町の町史や、震災後に各地の震災記念館や原発事故関連施設および自治体やNGOが発行してきた報告書やパンフレットなどについて、情報の整理とアーカイブ化作業をおこなった。また、昨年度以前に宮城県・福島県で行ってきたフィールド・データを見返し、本研究課題の問題意識にそくして整理し直した。 理論面での作業としては、『文化人類学』所収論文(「2000年代以降の「道徳/倫理の人類学」の射程 ・序」)においては、倫理の人類学の理論的特徴を考察し、2010年代後半以降の新しい国内外の議論をふまえた上でその課題を析出した。また、Social Anthropologyにて出版予定の論文(‘Humour and the plurality of everyday life: comical accounts from an interface area in Belfast’)においては、不確定な環境と関係性のなかで、臨機応変で多元的な状況理解を提示する日常倫理の可能性を、笑いを事例に論じた。本課題とは異なるフィールド事例の分析ではあるが、理論的視座としては大きく関連する議論となっている。 2021年7月に出席した環境社会学会のシンポジウム「環境社会学 × リスク社会論 ― 東日本大震災後の自己責任論に抗うために」や、アメリカ合衆国における先住民と核関連産業による汚染の問題に詳しい地理学者・石山徳子氏との対話なども、非常に有意義だった。類似の機会を積極的に探していきたい。 調査については、すでにつながりのある研究協力者にオンラインで聞き取りを行ない、コロナ禍で人々や地域が置かれている状況について話していただいているが、先にも書いたとおり現地調査での多層的なデータ収集が必要との認識である。
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Strategy for Future Research Activity |
2本の論文の出版準備を進めた上で見えてきたことは、2000年代以降の「倫理の人類学」は倫理を新しい角度から考える可能性を持っているが、1980年代以降に劇的に進んだような、周辺環境や他の生物種との物理的・身体的なインタラクションのなかで人間存在をとらえる視点が不足している、ということだった。以上の理解の上で本課題では、環境学、地理学、公害問題の社会史など関連分野における成果を参照しつつ、それらと現象学的倫理学や日常美学のアプローチの交差をこころみることで、独自の枠組みの構築を模索したい。 これまでの調査からは以下のようなことがうかがえてきている。放射性物質など目に見えにくい危険物質について意識しはじめると、それまで気にとめなかったさまざまなモノ、たとえば美しい桜の花の下の樹皮あるいは桜が咲いていない時期の桜の木の存在や、道にある側溝にたまった落ち葉などの存在に意識が向かうようになる。そうしたなかで、自分の生活を取り巻くさまざまなモノや場所に、よりきめ細やかな注意を向けるようになる。その結果、新しい風景に気づいたり、地元の歴史に関連するモノの発見など、地域への知識が深まり多層化するということが起きている。一方で、たとえば孫を遊ばせるときや川の水にふれるときなど、緊張もないわけではない。警戒と、臨機応変な対処とをとりまぜながら、危険をふくむかもしれない周辺環境のなかでの生活が送られている。 以上は重要な発見であり、本年度の現地調査のなかでさらに考察を深めることで、本課題の中心的な議論につながる可能性をもっている。本年度末までに、英語論文として投稿できる状態に構成できるよう努力したい(投稿先としては、Royal Anthropological Instituteのジャーナルを考えている)。
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Causes of Carryover |
もともと2回を予定していた福島県浜通り地域での調査が新型コロナウィルスの流行のため実施できなかった。2022年3月の職場の異動により、スケジュール調整が難しかったという事情もある。かわりにオンライン調査を行うとともに、次年度に必要と思われる文献を前もって購入するなど調整したが、次年度繰越額が生じた。2022年度は予定より現地調査を多く行う予定であるため、そのために使用する計画である。
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Research Products
(1 results)