2021 Fiscal Year Research-status Report
インセンティブ規制としての離職権の実現可能性をめぐる総合的研究
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21K01174
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
池田 悠 北海道大学, 大学院法学研究科, 准教授 (00456097)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 労働市場 / 雇用システム / インセンティブ / 離職 / 交渉 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、わが国の労働法が伝統的に労働市場における労使当事者の交渉力格差をその存立基盤とし、強行法規の設定を以ってその交渉力格差を是正することに注力してきたのに対し、近年の日本型雇用システムの変容に伴って増加しつつある有為人材として労働市場における交渉力を発揮する労働者であれば、労働市場における交渉のインセンティブとなるようなデフォルトルールの設定によって、労働者自らが望むキャリア形成に誘導することができるという仮定の下、労働市場における交渉力がある労働者を念頭に、労働市場における処分可能性を含んだ労働者の「離職権」概念を構想し、労働市場における交渉を通じた労働者のキャリア形成に資するインセンティブ規制としての労働法の実現可能性を探求するものである。 研究1年目の本年度は、主にわが国の実務状況を理論的に分析しながら、データベースを活用するなどしてアメリカ法にかかる基礎的文献調査を進めた。わが国では、労働者の離職する権利が辞職の自由として絶対視されてきた上に、労働市場における個別的な交渉に重きが置かれてこなかったため、交渉力によって労働者を峻別する発想はほとんど存在しない。これに対し、伝統的に労働市場での交渉を重視してきたアメリカでは、交渉力のある労働者が離職する権利を自らの選択で制約することにより、有利な労働条件を獲得する取引がごく一般的に行われており、そのような合意の存在を見越して、平時から倒産手続下に至るまで、紛争解決を含めた包括的な雇用システムが形成されている。そこで、わが国においても、交渉力の有無によって労働者を峻別する指標の設定可能性を探求するとともに、いわゆる有期プレミアムとして優遇された労働条件を獲得している有期雇用労働者の実態を調査することにより、労働市場での交渉力に応じた労働者の異別取扱いの余地を模索した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、伝統的に労働市場における労使当事者の交渉力格差をその存立基盤としてきたわが国の労働法において、労働市場における交渉のインセンティブとなるようなデフォルトルールを設定することで労働者自らが望むキャリア形成に誘導する余地を探求すべく、アメリカの知見を参考に、労働市場における処分可能性を含めた労働者の「離職権」概念を構想し、労働市場における交渉を通じた労働者のキャリア形成に資するインセンティブ規制としての労働法の実現可能性を探求するものである。 本年度は、当初の計画では、各地の研究会での報告機会を活用して実務的知見の集積を図る予定であったものの、新型コロナウイルス感染症の流行に伴う累次の緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置の発令による行動制限が生じたため、年度前期は、予備的な意見交換手段として位置づけていたオンラインでの報告を活用して代替を図ったほか、年度後期は、感染対策を講じた上での対面開催が広がったことで、年度を通してみると十分な実務的知見の集積を図ることができた。また、アメリカ法に関しては、基礎的な文献調査を見込んでいたところ、データベースの活用により、交渉力による労働者の峻別が見られる典型的機会として、倒産時の幹部従業員に対する引留料や解雇手当の支給制限規制をめぐる実情を検証し、成果も公表することができた。したがって、コロナ禍による行動制限など不測の事態に伴う障害はあったものの、初年度に見込んでいた研究計画上の目標は、概ね順調に達成できたものと考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、アメリカ法の文献調査で獲得された知見から日本法にかかる知見の掘り下げを進めるとともに、アメリカ法にかかる理解の深化を図る。このアメリカ法にかかる理解の深化を図る過程では、年度末を目途に現地調査を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の流行に伴う往来制限が当初の研究計画の策定段階における予想を超えて長期化していることを踏まえて、その実施時期を慎重に検討する必要が見込まれる。そこで、実地調査の準備と並行して、現地への渡航に代わる代替研究策を可能な限り予め策定し、総括に向けた研究の一部を前倒しして研究手順を適宜入れ替えるなど、研究遂行上の工夫により先行きの不透明性に対応するよう心掛ける。
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Causes of Carryover |
本年度において、次年度使用額が生じたのは、年度末期に新型コロナウイルス感染症の流行が再拡大したことを受けて各地に蔓延防止等重点措置が再発令されたことにより、計画の調整余地に乏しい年度末期に至って行動制限が要請され、研究会の開催が取りやめになるなど、意見交換が予定通りに進められなかったことに理由がある。もっとも、研究会参加の目的であった次年度に向けての問題意識の設定は、年度中期に対面開催された研究会などの機会を通して既に知見を獲得できており、年度末期の意見交換は次年度における研究遂行の出発点を確認する趣旨にとどまるため、本年度の研究目標の達成に大きな支障は生じていない。そこで、本年度末に蔓延防止等重点措置が終了したことを受け、次年度には、本年度に生じた次年度使用額を速やかに使用することにより、次年度初期に早々に意見交換の機会を設定し、次年度の研究計画遂行に影響が生じないよう取り計らう。
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Research Products
(6 results)