2022 Fiscal Year Research-status Report
犯罪映画の快楽:大衆娯楽映画としての戦後犯罪映画の製作と鑑賞に関する総合的研究
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21K12904
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
ク ミナ 明治学院大学, 文学部, 研究員 (90868978)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 松本清張 / アダプテーション / 井手雅人 / サスペンス / 顔 / 点と線 / パク・チャヌク / 復讐三部作 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の目標として設定した文学作品のアダプテーションについて第48回日本映像学会大会で発表を行った。本発表では、松本清張の同名小説を映画化した『顔』(大曾根辰夫、1957)と『点と線』(小林恒夫、1958)を取り上げ、文学的な語り手とされる信頼できない語り手が映画にいかに翻案されているかを分析した。文学的技巧である信頼できない語り手は、映像の自明性および直接性ゆえに映画では再現が困難とされていた。そこで、映画的語り手とは物語内容を提示するために映画が用いるあらゆる視覚的・聴覚的要素であると再定義したシーモア・チャットマンの議論に倣ってテクスト分析を行うことで、小説の映画化に際して形式的困難が映画ならではの表現方法に対する想像的な発想の源になりうること、また物語内容を伝達するという観点からは余分なもののように見える、スリラー映画ならではの雰囲気やサスペンスを盛り立てる役割を果たしていることを明らかにした。 『ユリイカ』2023年3月号には、パク・チャヌク監督の「復讐三部作」に関する文章を寄稿した。これまで数々の優れた犯罪映画を世に送り出したパク・チャヌクにとって、「復讐」とは、社会的な違反のあり方を集約的に示す違反行為としての意味を持っていた。そこで本稿では、題材としての復讐の転覆性を当時の韓国映画産業の観点から検討する一方、映画におけるその描かれ方を分析することで、復讐が言語や法が支配する象徴界に取り込まれることを拒否する「違反」の行為として描かれていることを明らかにした。本稿で取り上げた作品は、本研究の対象外の作品ではあるが、これまでの先行研究が示した犯罪映画の定型から外れたプロットを見出し、「罪悪感」と「贖罪意識」が復讐を題材とする映画で主人公を突き動かす原動力になりうることを解明できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の目標であった文学作品のアダプテーションについては、以上のような成果を上げることができたものの、研究論文の形で成果を実らせることはできなかった。しかし発表を聞いてくださった方々からご助言を賜り、アダプテーションに関する理論的な枠組みを用いて遂行した本研究に犯罪映画のレトリックに関する近年の研究を取り入れて発展させる可能性があることが確認できた。本発表は、松本清張原作の映画化第1作『顔』が、原作を忠実に再現できなかったアダプテーションの失敗例と評され、そのような非難を受けて、脚本家の井手雅人が忠実なアダプテーションという概念に異議を唱えていたことに着目したことが出発点であった。したがって小説と映画を比較して、映画が文学的な技巧をいかに映像化しているかに焦点を当てて分析を行ったが、大会での発表は、当初の計画として考えていた犯罪映画との結びつきを本格的に考える作業の必要性を再認識するきっかけとなった。このように本年度中に達成できなかった課題があるため計画通り順調に進展しているとは言いがたいが、以上の反省点を踏まえ、次年度には発表の内容を文章化する作業を進めたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度に着手した研究を論文の形にすることを目指して研究を進める。そこで、アダプテーション理論、犯罪映画のジャンル研究に加え、映画において音響効果が果たす役割についても調査を行う予定である。犯罪映画の成敗は、観客に物語を理解させるという観点からは余分なもののように見えるサスペンスと緊張感を効果的に生み出すことにもかかっており、したがって映画の物語叙述が行う表面的な意味づけに吸収されない聴覚的要素も重要な役割を果たしていると考えるからだ。アダプテーションという観点から犯罪映画を考察する上でも、文学に欠けている聴覚的な要素に着目することは意義があるように思われる。なお、社会的・歴史的な観点からも犯罪映画を考察すべく、犯罪映画におけるマイノリティの表象についても今後論考として発表できるように調査を始めたいと考えている。特定の映画群に焦点を当てた当初の研究計画からは少し外れるが、ジャンル研究に限定されない複眼的な視野からまず映画を考察し、それを犯罪映画のジャンル研究に結びつける作業を行っていきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
本年度中にアメリカでGHQの検閲資料を調査する予定であったが、研究計画に変更が生じたため、アメリカへの出張計画も中止になった。次年度には研究成果を海外でも発表することを目指しており、本年度の未使用額は英語の翻訳・校正の費用として使用する予定である。
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Research Products
(2 results)