2021 Fiscal Year Research-status Report
Acceptance of Dickens in Japan
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21K12953
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Research Institution | Kagawa University |
Principal Investigator |
杉田 貴瑞 香川大学, 教育学部, 講師 (00844143)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | チャールズ・ディケンズ / 近代日本文学 / 翻訳 / 坪内逍遥 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、研究計画に従って、坪内逍遥や夏目漱石などの明治期の日本近代作家たちによるディケンズへの言及を調査した。『小説神髄』においてディケンズの作品を取り上げるだけでなく、日記の中でも言及するなど、逍遥はディケンズという作家の力量、とりわけ彼の描く人物たちや描写の力を肯定的に評価していた。一方で、漱石はディケンズ作品における人物造形を認めつつも、あまりに多くの作中人物が雑多に登場するあり方や、作品構成の統一感の欠如に対して不満を持っていた。つまり、逍遥と漱石のいずれもが人物造形を認めつつも、その評価は対照的であったということになる。 一方で、これらふたりの評価に関して、明治期の翻訳・翻案全体における問題意識からすると、重要な視点がひとつ抜け落ちている。それは、語りにおける人称の問題である。明治期以前には、人称という概念が希薄であり、代名詞がふんだんに盛り込まれる外国文学の翻訳・翻案においてひとつの壁でもあった。ディケンズの作品もほとんどが三人称で書かれており、訳者、とりわけ明治の訳者たちはこの壁に挑まなければならなかった。実際初期の翻訳作品においては、一人称と三人称が混ざったような混乱した語りが見られ、その困難が明らかになっている。 この問題を解決するためにも、翻訳・翻案の起点となるディケンズ作品の語りに注目して、学会発表を行った。扱った作品は『デイヴィッド・コパーフィールド』であり、ディケンズのなかでも珍しい一人称の語りを採用している。この発表においては、自身の過去を振り返り、その教訓を得ようとするはずの自伝的語りであるにも拘らず、過去の自身にアイロニカルな眼を向けることが出来ずにいる主人公の特異性を明らかにした。ディケンズ作品の語りの問題を精査することで、翻訳作品における人称の問題にもつなげる基礎を固められた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
上述の通り、坪内逍遥や夏目漱石に関連する資料の収集や分析は、当初の予定通りに実行することができた。一方で、新型コロナウイルスの感染拡大によって、海外だけでなく、国内での資料収集を十分に行うことができなかったため、他の明治期の作家によるディケンズ受容や、明治期におけるディケンズの翻訳・翻案に関する資料の収集はほとんど進められなかった。また、資料の収集が遅れていることが、論文執筆についても影響した。 また、ディケンズ作品に関する理解も、まだまだ十分でないことを実感した。これまでは人物造形について詳細に検討してきたが、翻訳・翻案を通して語りにおける人称の問題などにも取り組まなくてはならないと痛感した。 上記の2点、とりわけ資料収集が十分に進んでいれば、検討する作品数や作家数に幅を持たせて明治期におけるディケンズ受容のより大きな概観図を作成することができたはずである。そのため、現在の進捗状況は遅れていると言わざるを得ない。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の申請段階では、2022年の長期夏季休暇を利用してイギリスの大英博物館で、日本の風刺画など文学を陰で支える文化的な側面についての資料収集を予定していた。しかし、現状においても渡英の是非が不透明である。よって、渡英できない場合には、昨年度十分に収集が進まなかった明治期の資料収集や、22年度に予定している大正期のディケンズ受容に関する資料を収集することで、研究の幅を広げることに専念する。主には、ディケンズの翻訳・翻案作品の収集が遅れているため、すでに収集済みの明治期の翻訳・翻案作品に加えて検討することで、日本におけるディケンズ受容の全体を概観することが可能になるはずである。 また、本年度は昨年度の研究によって重要性を実感したディケンズ翻訳・翻案作品における人称の問題についても、すでに研究発表を行うことが決まっている。明治以前には十分に意識されていなかった人称という問題が、これまでの受容研究でも注目されてきた人物造形のテーマにどのような形で影響するのかを明らかにすることが目的である。この研究発表を糧に同様のテーマで論文を執筆することも予定している。
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Causes of Carryover |
コロナ禍による様々な制限と弊害により、予定していた研究予算を使用することができなかった。繰越された金額は、おもに国内・海外出張費で使用する予定である。
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Research Products
(1 results)