2021 Fiscal Year Research-status Report
皇室への「献上」行為から読み解く近代日本における天皇権威の形成
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21K13097
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Research Institution | Otemae University |
Principal Investigator |
池田 さなえ 大手前大学, 国際日本学部, 講師 (10781205)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 日本近代史 / 近代天皇制 / 社会秩序 / 社会構造 / 献上 / 交換 / 贈与 |
Outline of Annual Research Achievements |
江戸時代において献上は、幕藩制国家の社会構造を維持する体制的行為として幕府・諸藩・朝廷・領民等を広く巻き込んだものであった。新政府軍・朝廷も当初は内乱の遂行と新政府への帰順を求める必要から各地からの献上を受け入れていた。しかし、明治4(1871)年にこの献上行為は全て停止される。幕藩制を否定し、身分制を撤廃することを根幹として成立した新政府においては、幕藩制国家における身分的特権と密接に結びついた体制的行為は全て廃止する必要があったからである。近世研究の収める射程は主としてこの明治4年の献上停止までとなる。 一方、近代史においては明治16年に制定された「献品取扱内規」および同24年の改正によって整えられた制度下での献上を分析し、制度を所与の前提としている。 しかし、この間にも一度停止されたはずの献上は徐々に復活している。研究代表者はこれまでの研究で見落とされていたこの事実に着目し、明治4年の献上停止から16年の「献品取扱内規」までに各地からなされた天皇家への献上を調査した。宮内庁書陵部宮内公文書館所蔵「恩賜録」をもとに総計269件の個別献上事例を検出し、各々について年月日・献上者/伝献者・献上物品・後の「献品取扱内規」との関係・献上に対する宮内省の処理の各項目についてリストアップした。 その結果、明治7~8年頃から献上者・献上物品・献上の際のナラティブに明らかな変化が見られることが判明した。そしてそれは、明治16年の「献品取扱内規」や同24年の同規則改正にも反映されていた。このことは、明治国家における献上が、幕藩制国家のそれとも全く異なる新時代の社会秩序を表現する行為として「再生」したこと、そしてそれは明治政府ではなく人々の要求から生まれたことを意味するものであり、明治国家の思想的基盤の一つが下から生まれ、選び取られていったことを示す研究史上重要な知見となりうるものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
申請時点では令和3年度に研究課題全体に関する文献収集のほか、主として宮内庁書陵部宮内公文書館(東京)における調査を行い、天皇家への献上行為のうち正式に採用されたものの全体像を明らかにする予定であった。しかし、7~8月時点で感染症をめぐる状況の深刻化と研究代表者の基礎疾患との兼ね合いから、当該年度の調査事項を次年度の調査予定事項(採用されなかった献上や献上計画の具体的解明)と組み換えることとした。文献収集に関しては申請時の予定通りに進行した。出張を伴う調査に関しては、京都府立京都学・歴彩館、山口県文書館にて、採用されなかった献上計画のうち最も重要な2事例についての核となる史料を収集することができた。 その後収集した文献を調査する中で、天皇家への献上は明治4(1871)年に江戸時代から行われていた朝廷等への献上行為が禁止されたこと、および明治16年に制定された「献品取扱内規」によって基本的なルールが定まることを知ったが、史料調査の中で断片的ではあるが、献上禁止以降にも個別の献上行為が相次いでいたことを突き止め、明治16年の「献品取扱内規」は献上禁止以降にも相次いだ個別の献上事例を踏まえて制定されたのではないかとの仮説を立てるに至った。 この仮説に基づき、次年度に行うこととした予定を再度変更し、申請時点の予定通り本年度に宮内公文書館所蔵史料を用いた研究を進めるべく軌道修正した。しかし、調査対象は申請時点で予定していた明治24年「献品取扱内規」改正以後の事例ではなく、上記の課題を実証する目的から、明治4年から16年までに天皇家に対してなされた献上事例に切り替えた。幸いこれらの事例はそのほとんどが宮内公文書館がインターネット公開している史料から調査可能であった。 この結果上記の仮説はほぼ実証でき、現在は令和4年7月に予定している学会報告とその後の論文化に向けた準備を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
令和4年度に行う作業は大きく分けて次の2つである。第一に、令和3年度に行った研究成果を学術発表・論文化する。学術発表は7月に開催される象徴天皇制研究会であり、それを受けて学会誌に投稿することを目指す。媒体と内容の親和性を考え明治維新史学会『明治維新研究』が望ましいと考え、2023年1月の締切までに投稿できるよう準備を進める。学会発表・論文投稿のために、宮内庁書陵部宮内公文書館所蔵「進献録」「恩賜録」のうちインターネット公開されていないものを中心に適宜追加調査を行う。 第二に、天皇家に対してなされた献上行為のうち不採用となった事例を収集し、分析を進める。「7.現在までの進捗状況」にて詳述した通り、既に令和3年度においてこのテーマに関する史料はある程度収集を終えているが、国立国会図書館憲政資料室所蔵の政治家文書の中には未収集のものも残った。本年度には、これらの未収集史料を中心に悉皆調査を行い、これに関連した先行研究・文献調査も並行して進める。年度末までに一度の学会発表を目指して調査をまとめ、最終年度に論文化し投稿を目指す。
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Causes of Carryover |
「7.現在までの進捗状況」に詳述した通り、本年度の研究は中途までは次年度の研究に必要な調査を行い、それ以降再度軌道修正し本来本年度に行うべき研究を若干修正したものに切り替えた。したがって、東京に調査に行くべき旅費が大幅に減った。一方で、研究の進捗に伴い新たな文献調査が必要となったこと、及び感染症の状況に鑑み直接旅費を使って調査するべき課題の幾分かを遠隔複写サービスの利用によって代替した。これらにより、旅費に費やすべき研究費の幾分かを物品費に充当することとなった。結果として当初の予定とは異なる支出を要することとなったため、若干の未使用額が生じた。次年度は、本年度に行うことができなかった東京への調査を予定しているため、当初予定額よりも旅費の支出が増えることが予想されるため、次年度使用額はこの旅費の増加分に充当することとする。
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Research Products
(7 results)