2021 Fiscal Year Research-status Report
財団法人二十世紀研究所にみる終戦直後の知識人の協働に関する研究
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21K13099
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
庄司 武史 東京都立大学, 人文科学研究科, 助教 (00609018)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 討議と熟慮 / デモクラシーの作法 / 東北帝国大学での社会学講義 / 講義録「社会学の話」から『社会学講義』へ / 共同体から協働体へ |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画に沿って,2021年度は主に入手済史資料の翻刻および文献・史資料の収集を行い,それらをもとに財団法人二十世紀研究所の沿革や組織体制等の詳細を明らかにした。成果の一部は,後掲の雑誌論文1件,学会発表3件として整理・報告を行っている。2021年度の研究成果の概要は以下のとおりである。第1に,研究所の体制,メンバーの詳細に加え,これまで知られてこなかった解散前後の状況を資料に即して明らかにできた。研究所のメンバーはこれまでの調査で60名を明らかにしてきたが,今年度までの調査では72名を明らかにするに至った。また,研究所の講座でサルトルの実存主義についてフランス語で講義したという人物と講義の内容や,研究所の事務局長を務めた人物についての足跡および関係者の回想を捜出するにも至っている。以上を通して,研究所そのものに係る部分については相当程度,明らかにすることができた。第2に,こうしたメンバーに担われた研究所が主導した終戦直後の啓発事業では,欧米のデモクラシーを念頭に,討議や熟慮の作法を強く意識した異なる意見や考えとの共存,協働が明確に指向され,さらにそれは科学や学問の作法を知る研究者の間でのみならず,聴衆であった一般の人びととも共有・実践が目指されていたことを明らかにした。戦争によって中断を余儀なくされた戦前期の思想の復古に留まらず,周囲や権威に無批判になることなく自ら深く考え選択して行動する作法を涵養することで,戦前・戦中期のあり方をより高いところで乗り越えることを指向していた様相が浮かび上がってきたといえる。第3に,所長清水幾太郎の活動に焦点を当て,研究所で行った社会学に関する講座が東北帝国大学での講義へ接続し,さらに戦後社会学の出発を印象付けた『社会学講義』(1948年)に昇華していった過程を整理し,研究所の活動と戦後人文・社会科学との具体的な関係を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2021年度は「研究実績の概要」欄に記載のとおり,概ね順調に進展しているものと評価している。理由の第1は入手済史資料の翻刻・分析が順調に進展したためである。これによって計画通り二十世紀研究所の沿革や組織体制等を整理することができ,さらにその過程で新たな史資料の捜出と分析にも時間を割くことができた。事前研究で明らかにしていたメンバーが60名から72名に増加したものの,関連する史資料の有無や所在を概ね把握することもでき,次年度以降の研究の準備も一定程度,進めることができている。第2に,史資料の分析を順調に進展できたため,研究所が,丸山眞男が当時を振り返って名付けたいわゆる悔恨共同体とは趣を異にする「協働体」を指向していたのではないかという仮説を固めるための検討に十分な時間を割くことができたためである。では悔恨の念だけでなければなにを軸や核とする協働であったのかを2022年度以降の研究で明らかにしていく計画だが,2021年度の進展により次年度以降の研究をスムーズに開始することができる。第3に,計画では必ずしも順調な進展を想定していなかった部分の史資料の捜出と分析により,計画より多少,分析内容を充実させることができたためである。とりわけ,所長清水幾太郎の研究所における役割や事業と,清水の専門であった社会学との関連を調査する過程で捜出できた東北帝国大学での社会学講義に関する資料の捜出は,研究所の活動の,戦後日本の社会学の出発点ともいわれる『社会学講義』への接続・昇華を検討する上で貴重な成果と考えられる。その他関係者の足跡や研究所の事情の詳細を明らかにする資料の捜出のほか,研究所が啓発活動の一環として重視していた出版事情の成果についても,出版物の一覧として整理することができている。以上を踏まえ,次年度以降の研究に速やかに着手できる状況も整えることができたことも上記の評価の理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度の研究で明らかになった新たに検索すべき史資料の所在は,国立国会図書館および国立公文書館,国内の大学・研究所等の所蔵資料の検索からすでに一覧できており,引き続き速やかに研究を進展する準備ができている。今後も研究の過程での史資料の充実には目配りしつつも,とくに2022年度においてはこれまで入手済および入手予定の史資料の分析に時間を割き,計画および2021年度までに固めてきた仮説の検証を充実させていく方針である。具体的には,これまで判明している研究員等関係メンバーの手記・回想・業績等の分析を行い,メンバー各自が二十世紀研究所に参加した動機や期待していたこと,実際にどのような事業・活動に従事し,そこで何を感じたのか等を明らかにし,公的な資料が浮き彫りにするいわば「建前」の様相だけでなく,属人的な側面から浮かび上がるであろう研究所の実際的な個性を明らかにしていく。併せて,研究所に参画しなかった10名の人物についても,同様の方法で参画しなかった要因等を整理し,参画した人物としなかった人物で研究所をめぐる視点や期待,限界を比較し,研究所の活動停止の背景や,後年,各自の立場へ散じていく事情の解明につなげる。最終年度にあたる2023年度には,以上を踏まえて分野・思想を越えた協働,科学と社会との協働の様相と今日への示唆を明らかにしていく予定であるため,戦後に構築すべき人間の主体性をめぐり知識人の間で交わされた1946年のいわゆる主体性論争をケーススタディに,戦争に対する強い忌避感とデモクラシー再建への使命感・高揚感を背景に,当面,不問に付されていた社会主義・共産主義との遠近を焦点とするメンバー間の思想的相違が次第に協調から対立へと変化し,研究所そのものの停止に接続していく様相の検討をできる限り先行して進めていく予定である。
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Causes of Carryover |
外国語文献購入の際に為替の変動を考慮してゆとりをもたせて発注したため差額が生じた。次年度使用額は図書等の購入費用として適切に使用する。
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Research Products
(4 results)