2021 Fiscal Year Research-status Report
18世紀初頭イングランドにおける通商奨励金導入とその影響
Project/Area Number |
21K13132
|
Research Institution | Aichi Prefectural University |
Principal Investigator |
日尾野 裕一 愛知県立大学, 外国語学部, 准教授 (80804012)
|
Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 西洋史 / イギリス史 / 近世イギリス史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題における2021年度の研究実績としては、これまでの研究蓄積に加えて文献資料と刊行史料を用い、18世紀前半のイギリスにおける通商奨励策としての奨励金制度とその利害関係者との関係を分析し、それがイギリスの植民地政策や経済活動に与えた影響について取り扱ったものを挙げることができる。特に具体的な事例として1709年から10年にかけてのイギリス大西洋世界におけるプファルツ難民(ドイツ南東部からの難民)入植計画を取り扱い、北米植民地で生産された船舶必需品(naval stores)への輸入奨励策とそれに伴う北米植民地での船舶必需品生産への期待がニューヨークやカロライナにて入植者が従事すべきとされた産業の選択に影響を与えたことに言及している。この点も含めた研究成果は、日尾野裕一「イギリス大西洋世界とプファルツ難民」『史潮』90号(2021)に収録してある。 また、近世から現代にかけてのヨーロッパ経済史、近世から現代にかけてのイギリス史、北米植民地史といった関係する領域の文献を広く検討するとともに、2020年度以前の研究活動のなかで収集した史料の整理も実施した。これらは研究課題に直接的に関わる問題を取り扱ったものから社会的な背景を理解するものまで広範なものとなっている。一例を挙げれば、近世大西洋世界における産業とジェンダーの関係である。整理した史料の中では北米植民地における船舶必需品生産のための労働力として成人男性だけでなく成人女性や子どもも考慮されていたことが言及されているが、これは植民地経済とジェンダーとを結びつけるものであり、経済史とジェンダー史両面からの検討が必要なものである。そのような史料調査状況を踏まえて先行研究の渉猟を実施した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2020年3月から続く新型コロナウイルス感染症流行により海外での資料調査を実施できなかったことで、研究計画の見直しが迫られた。本来ならば令和3年度後半にはロンドンの国立公文書館や英国図書館にて資料調査を行い、そこで収集した17世紀末から18世紀初頭にかけてのイギリスの行政文書及び植民地関連文書を調査することで、研究課題の第一段階を大きく推し進める予定であったが、日本国内での文献の分析、刊行史料の利用、これまでに収集した史料の検討を行うに止まった。しかし、オンラインで閲覧できる史料なども効果的に利用しつつ、研究計画を組み替えることで研究には一定程度の進捗が見られた。史料の制約から当初3年目に取り組む予定であった北米植民地での船舶必需品生産と奨励金との関係についての検討を令和3年度に実施するとともに、この問題を北米大陸への移民・入植計画と関連づけて検討し、その成果を論文という形で発表できたことは本研究課題を進める上で有益な結果となった。加えて、奨励金制度導入に影響を受けての船舶必需品生産という観点から、ノースカロライナにおける奴隷労働による船舶必需品生産の実態について当時の史料をもとに整理できたことは、令和4年度以降の研究に大きく貢献しうると考えている。 また、イギリス本国における通商利害関係者に関する研究も可能な範囲で進めていった。焦点を当てたのは海軍と物資納入契約を締結した請負契約業者の活動であり、彼らが奨励金制度とその制度に支えられた海軍への北米産船舶必需品納入にどのように関わっていたかを検討している。東海地域のイギリス研究者にて運営されている名古屋近代イギリス研究会にて成果の途中報告をおこなっており、令和4年度には論文として発表する予定である。 以上のように、コロナ禍によって研究の大幅な見直しは迫られたものの、利用可能な資源を活用し研究は進められている。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究推進方策として、第一に言及すべきは海外での資料調査を含めた研究計画の大幅な見直しである。新型コロナウイルス感染症流行に伴い令和3年度に海外での資料調査ができなかったことで、令和4・5年度の海外での資料調査について変更を加える予定である。具体的には令和4年度に予定しているイギリスでの資料調査の期間を当初の予定よりも長く設定するとともに、令和5年度もイギリスでの資料調査を組み込む。イギリスでの資料調査はロンドンの国立公文書館、大英図書館を主な対象とする。 中心的に収集する資料は、ニューイングランドの経済開発に関わる人物の言説、1705年海軍資材法制定に関わる行政機関の構成員の言説、18世紀初頭のヴァージニアやカロライナにて船舶必需品生産に関わっていた人々の言説である。これらを通じて1690年代から海軍資材法が制定される1705年までの間に複数の商人ないしは団体より提出された、北米産船舶必需品の排他的貿易権を持つ特許会社設立請願に焦点を当て、請願の狙いを明らかにするとともに、海軍資材法制定に伴う奨励金制度導入を巡る議論の中で、利害関係者、特に既に北米産船舶必需品を扱っていた商人がどのような働きかけを政府に対して実行し、制度に影響を与えたかを明らかにする。加えて、奨励金制度が形成される中で、行政側、特に商務院と海軍及び民間の承認双方が貿易の独占と貿易参入の自由をどのように語り、評価していたのかについて、それらの主張と議論を整理、分析する。それにより、北米産船舶必需品調達において複数の特許会社設立請願が提出された経緯と、それへの政府の対応、奨励金制度の形成と運用を巡る議論の内実とその影響を明らかにする。
|
Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症流行により、令和3年度は海外での資料調査を断念した結果、次年度使用額が生じることとなった。令和3年度に実施するはずであった資料調査を補うために、令和4年度及び令和5年度に実施予定の海外での資料調査期間を研究計画段階よりも長くとることを計画しており、この次年度使用額は在外資料調査期間延長に伴う経費の増加を埋め合わせるために使用することを計画している。
|