2021 Fiscal Year Research-status Report
リスク社会における専門知の位置とその再編:「証拠」概念の歴史に着目して
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21K20196
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Research Institution | Seijo University |
Principal Investigator |
松村 一志 成城大学, 文芸学部, 専任講師 (70909358)
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Project Period (FY) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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Keywords | リスク社会 / エビデンス / 専門知 / 信頼 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、リスク社会の挙動を歴史社会学的に検討することで、専門知に対する信頼と不信の二極化が見られる現代社会の状況を反省的に捉える視座を提示するものである。そのための方策として、「科学的論証の拡がり」が「科学者の知見の相対化」を生んだとするU・ベックの理論仮説の妥当性の検討を進めている。 2021年度は、研究の全体像を明確化するとともに、より詳細な分析のための準備作業を進めた。具体的には、博士論文に基づく単著の刊行とアウトリーチ活動(ウェブ媒体での記事執筆)等を通じて、ベックの所説を経験的事象と照合し、その精緻化を試みた。20世紀後半以降、科学者共同体では論文の飛躍的増加と細分化が進み、専門家には科学者共同体の成果を対外的に説明する役割が強く求められるようになる。ところが、専門家の「証言」が完全に信頼できる保証はなく、非専門家の側はその専門家の説明を「証言」として評価する必要性を感じている。ベックのリスク社会論は概ねこの変化を捉えた議論だと言える。ただし、ベックの議論はこの背景をなすメディア環境の変化を十分に視野に入れていない。この間、データベースの形成とインターネットの普及により、科学者共同体のコミュニケーション様式が大きく変化した。「エビデンス・ベースト・メディシン」(EBM)の出現は、こうしたメディア環境の変化に対応したものだと考えられる。同様に、データベースとインターネットにより、専門家と非専門家のコミュニケーションの回路にも変化が起きている。そのことが、専門家に対する盲目的な信頼のみならず、「エビデンス」を重視する風潮や「科学否定論」(science denial)と呼ばれる専門家不信を生んでいると考えられる。以上の考察から、リスク社会の成立をメディア史的観点から捉え直す必要があることが示された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、19世紀後半と20世紀後半の二つの時期を中心的に扱うものである。当初の予定では、2021度に19世紀後半を、2022年度に20世紀後半の研究を進め、それらを総合する単著を刊行する予定であったが、出版計画に変更があり、2021年度の段階で刊行を行った。これに伴い、2022年度に行う予定だった作業の一部を2021年度に進めることとなり、本研究の全体像を予定より早く明確化できた。ただし、2021年度は20世紀後半を中心に扱うことになったため、19世紀後半については2022年度に先送りすることになった。以上のように、当初の予定とは順番が前後しているものの、全体としては順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度の研究を通じて、リスク社会の成立をメディア史的観点から捉え直す方針が得られた。このような方針からすると、「科学否定論」が重要な対象として浮上する。2022年度は、(1)本研究が依拠する科学論の社会構成主義の方法論の検討を行うとともに、(2)メディア環境の変化を顕著に示す事例に着目しながら、19世紀から21世紀初頭に至る「科学否定論」の系譜を辿り、その成果を学会発表・投稿論文の形で発表する予定である。
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Causes of Carryover |
2021年度の予算内に収まるように使用した結果、若干の残余額が生じた。2022年度は、科学技術社会論・社会学・歴史学・資料集等の書籍に使用するとともに、新型コロナウイルス感染症の状況に留意しつつ、学会・資料調査の出張を予定している。
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Research Products
(4 results)