2021 Fiscal Year Research-status Report
中途障害者となった作家の創作実態に関する研究―口述筆記という介助行為に着目して
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21K20203
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Research Institution | International Research Center for Japanese Studies |
Principal Investigator |
田村 美由紀 国際日本文化研究センター, 研究部, 博士研究員 (60907054)
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Project Period (FY) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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Keywords | 口述筆記 / 中途障害 / ケア / ジェンダー / 身体 / 上林暁 / 三浦綾子 / 大庭みな子 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、中途障害を抱えた作家と、その執筆現場に関与した口述筆記者との関係のありようを、ディスアビリティ(障害)やケアの観点から捉え直すという研究目的に基づき、まず障害学やケア論に関する基本的な文献資料の調査と収集をおこなった。特に、本研究で取り上げる作家の口述筆記創作がいずれも家族間でおこなわれたものであることから、小説制作の補助でありながらケア労働でもあるという口述筆記者の境界的な立ち位置を明らかにするために、作家の労働空間の編成と公私区分の問題に焦点を当てて議論を整理することに努めた。 具体的なケーススタディとしては、上林暁と德廣睦子の事例を扱った。上林が口述筆記によって初めて執筆した小説『白い屋形船』(1964年)の表現や内容を分析するとともに、「病妻もの」と呼ばれる作品群との接続を図ることで、上林がケアを提供する者から、ケアを受ける者へと立場の転換を経験していることの意味について検討を加えた。また、彼の筆記者を務めた妹・德廣睦子による回想記『兄の左手』(1982年)の記述を手がかりとして、上林の口述筆記創作がどのようにおこなわれていたのかを明らかにし、その語りからケア労働が抱える限界や矛盾を抽出した。 加えて、当初は次年度におこなうことを予定していた三浦綾子と三浦光世の事例についても分析に着手した。二人の関係を取り上げた新聞や雑誌などの記事を調査し、メディアを通して二人の協働的な書く行為がいかに受容されていたのかを確認するとともに、三浦綾子が自らの身体や障害、創作活動について著した随筆や、筆記者を務めた夫・光世の回想記や日記を横断的に読み解くことで、二人の評価にケアをめぐるジェンダー規範がどのように影響しているのかを考察した。これらの研究成果に関しては、現在論文の執筆に取り組んでいる段階である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、本年度中に上林暁文学館(高知県)での現地資料調査をおこなうことを予定していたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により実施することができなかった。しかしながら、図書館を通じた遠隔複写サービス等を利用することにより、病後の上林の創作活動に関連する資料はおおむね順調に収集や分析を終えており、研究計画への大きな影響は生じていない。 また、次年度におこなうことを予定していた三浦綾子と三浦光世の事例分析にも取りかかることができており、残る大庭みな子と大庭利雄の事例についてもほとんどの資料の収集が完了しているため、基礎的な調査は順調に進行している。 ただし、本年度は資料の収集や分析に注力したため、学会での成果報告の機会を持つことができなかった。次年度は、本年度に収集した資料を活用することで、学会発表や論文執筆など具体的な形でその成果をアウトプットしていく予定である。 以上の理由から、本年度の進捗状況はおおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の研究計画に沿って、次年度はまず大庭みな子と大庭利雄の事例分析に取り組む。大庭みな子の小説集『風紋』に収録された各短編の内容と、大庭利雄の介護日誌『終わりの蜜月』や回想記『最後の桜』の記述を照応させながら分析することで、口述筆記という制約が、翻ってどのような表現や創作の可能性を切り拓いているのかについて考察を進めていきたい。 さらに、書くことのディスアビリティに直面した作家の身体経験を、これまで整理した障害学やケア論の知見を用いて解釈する。中途障害に関連する資料については追加の調査と収集を継続して実施するとともに、理論的な知見と個々の作家の事例分析とを必ずしも有機的に接続させることができなかった今年度の反省点を踏まえ、双方の作業で得られた成果を相互に援用することを意識しつつ分析を進めていきたい。 先述の通り、次年度は学会での成果報告をおこなうことを目指している。とくに、障害学を専門領域とする研究者からフィードバックを受ける機会を作ることで、分析の内容に適宜修正を加え、論文執筆と研究課題のまとめに注力することを目標としたい。
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Causes of Carryover |
当初の計画では、本年度中に上林暁文学館(高知県)での現地資料調査をおこなうことを予定していたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により実施することができなかった。また、資料の印刷費も当初の計画より少額に抑えられたため、「旅費」及び「その他」の費目で計上していた研究費を次年度に繰り越すこととした。 本年度の研究を進めるなかで、現地資料調査を実施することができなかった場合に、図書館を通じた遠隔複写サービス等の利用によって、資料収集に係る費用が予定よりも増額することが見込まれた。次年度もこうした状況に対応する必要が生じると考えられるため、「物品費」に当てる形での使用を予定している。
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Research Products
(4 results)