2011 Fiscal Year Annual Research Report
国家テロリズムに関する市民の歴史認識の分裂と歴史教育
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22510268
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Research Institution | Wakayama University |
Principal Investigator |
内田 みどり 和歌山大学, 教育学部, 准教授 (10304172)
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Keywords | 失効法 / 免責法 / 歴史認識 / 歴史教育 / ウルグアイ軍政期人権侵害 / 2つの悪魔説 / ポスト移行期正義 / 米州人権裁判所 |
Research Abstract |
2011年8月~9月に現地識者調査を実施し、バスケス前政権(2005・3~2010・2)の下で行われたウルグアイ軍政期く1973-85年)人権侵審に関する調査報告書作成に携わったホセ・リーリャ氏・ヘラルド・カエタノ氏、共和国大学で歴史教育に携わるカルロス・デマシ氏らにインタビューした。その結果、歴史家の間では(1)軍政期人権侵害=国家テロという見方で一致している。にもかかわらず、(2)2009年に行われた失効法無効化をめぐる国民投票で無効を望んだのは48%にすぎなかったことからも分かるように、歴史家の見方は十分一般市民には伝わっておらず、(3)政治家の一部にはそうした市民の歴史認識につけこんで(他の南米諸国では廃れた)「2つの悪魔」説(治安を悪化させたゲリラと、軍の双方がクーデターの原因を作ったとする説)を政治的に利用しているものがいることが分かった。また、初等中等教育で軍政期の人権侵害を教えることについてリーリャ氏は、歴史教育を担う教員が今なおそれぞれ軍政期ついて立場の異なる「家族の歴史的記憶」を持っていることが、歴史教育の「客観性」「中立性」とかかわる厄介な問題を提起するのではないか、と危惧していた。一方で、記憶博物館のエルビオ・フェラリオ館長は、記憶博物館で行われる生徒たちの郊外学習や、バスケス前政権で突破口が開かれた国家テロリズムに関する裁判が、教科書で学ぶ以外に、軍政期人権侵害にかかわる歴史認識の深化に役立っているという。移行期正義では裁判と真相究明委員会の関係が排他的なのか相補的なのかが議論になるが、フェラリオ氏の指摘は、民政移管直後に真相究明委員会が作られず、公教育でも軍政期の歴史淋取り上げられてこなかったウルグアイでは、四半世紀たってから作られた調査委員会より裁判が、成人の歴吏認識を変化させるにあたり大きな役割を果たす可能性を示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究にかかわる移行期正義についての業績の蓄積を生かし、日本平称学会『平和研究』第38号編集責任者として編集作業に携わり、特集号のテーマにかかわるサーベイ論文として巻頭論文「多様化する移行期正義研究の軌跡」(清水奈名子氏と共著)を執筆したこと、また平成22年度が最終年度にあたる基盤研究(A)「国家社会システムの転換と政党の変容・再生一ポスト新自由主義期中南米の比較研究」研究分担者として成果をまとめる作業に追われたため、23年度に行った現地調査の結果をまとめ、研究の中間報告として成果を公開することができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)公教育で用いられる歴史教科書にみられる軍敢期の記述を検討し、ウルグアイではどのような歴史認識が「公的な配憶」とされるべきだと考えられているのかを分析する。(2)『沈黙の行進』等の軍政期人権侵審の記念行事や、当時にかんする回顧録、報道、歴吏書等が作り出す「記憶市場」の動向を分析し、どのようなアクターのどのような言説が「記憶市場」の「顧客」を勝ち得るために戦っているのか分析する。(3)特に「2つの悪魔説」がウルグアイで未だに政治利用される背景には、元ゲリラが合法政党化して現職大統領・国防大臣の要職を占めていることがあるのではないか.元ゲリラが体制内反対派へ転身して以降、人権侵害問題にかんしてどのような言説を展開してきたか、それは被害者全体の中でどのような位置にあるのか、を分析する。
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