2011 Fiscal Year Annual Research Report
武力紛争に際しての「生命に対する権利」の裁判規範性-イギリス司法を素材として-
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22530043
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Research Institution | Tsuyama National College of Technology |
Principal Investigator |
大田 肇 津山工業高等専門学校, 一般科目, 教授 (30203798)
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Keywords | 国際人権法 / 生命に対する権利 / ヨーロッパ人権裁判所 / 裁判管轄権 |
Research Abstract |
2011年7月、ヨーロッパ人権裁判所は、イラク戦争・占領期間中にイギリス軍によって殺害されたイラク市民の遺族からの「生命に対する権利」侵害の訴えに対し、それらを認める判決を下した。これは、同事件に関する2007年6月のイギリス貴族院判決を覆す判決であった。イラク戦争・占領に関わって同じく「生命に対する権利」を根拠に、イラク従軍中に軍基地内で熱中症のため死亡したイギリス兵の遺族がおこした事件に関しては、2010年6月、イギリス貴族院は認めない判決を下しているが、この事件も現在ヨーロッパ人権裁判所において審理が継続中であり、その判断が待たれている。このように、ヨーロッパ人権条約およびイギリスの1998年人権法に明記されている「生命に対する権利」が、戦争・占領期間中にどのように保障されるかを巡って議論が展開されているわけであるが、その前提となるヨーロッパ人権条約および1998年人権法そのものを巡る議論がイギリス国内において精鋭化している。1998年人権法は、連立内閣を組閣している保守党にとって好ましいものではなく、特に対テロ対策の円滑な遂行の「障害物」と見なされその改正が主張されてきた。また、最近のヨーロッパ人権裁判所の判決は、これまで当然とされていた受刑者の選挙権制限などのイギリスの施策を否定するもので、これまたヨーロッパ人権条約に対する批判が高まっている。こうした状況の下で、裁判所の役割、条約の役割などの基本的な問題が再浮上し、それらの中で、イギリスではこれまで「自治的」と称された軍隊に関する問題をどのように扱うか、が改めて問われていると言える。その方向で、研究を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
9にも記述したように、紛争状態における「生命に対する権利」の具体的な検討に入る前に、そもそもヨーロッパ人権条約が締約国の領域外の紛争地に適用されるのか、という管轄権を巡る国際人権法上の議論が展開中で有り、それに関するヨーロッパ人権裁判所の判断もぶれている、それに加えイギリス国内での人権条約およびそれを国内法化した1998年人権法に対する厳しい批判が起こっているという状況を前に、研究課題にどの視点から切り込んでいくか、模索が続いた。
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Strategy for Future Research Activity |
11で記述した状況なので、国際法、国際人権法その他の法領域における「生命に対する権利」の学説を研究・整理するのではなく、イギリス下級裁判所から貴族院、さらにヨーロッパ人権裁判所へと展開された個々の事件とそれぞれの判決を丁寧にフォローしていくという作業を積み重ねていくことに集中する。2012年になっても、従来の虐殺・虐待されたイラク人の他に、イラク占領中に死亡したイギリス兵の遺族が国防省を訴える訴訟が続いている。 その嚆矢であったSmith事件はヨーロッパ人権裁判所において審理が継続中であり、判決が待たれている状態である。題材はそれなりに豊富であり、判例研究をより詳細に継続していく。
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