2012 Fiscal Year Annual Research Report
新しい知識像のために──生のロゴスとしてのフロネーシス
Project/Area Number |
22720012
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Research Institution | Seijo University |
Principal Investigator |
荒畑 靖宏 成城大学, 文芸学部, 准教授 (50516614)
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Project Period (FY) |
2010-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | フロネーシス / 知識論 / 行為論 / 形式的告示 / ウィトゲンシュタイン / ハイデガー / アリストテレス / アスペクト知覚 |
Research Abstract |
24年度は、初期ハイデガーが自身の哲学的方法として採用していた「形式的告示」を明確化するべく、前年度に引き続き1919年から35年までのハイデガーの講義録と「形式的告示」関連の二次文献の研究をおこなった。この作業には、ハイデガー哲学にとっての当該概念の意義を明らかにするというローカルな目的と、本研究全体の中心部分を構成するというグローバルな目的とがあった。前者について言えば、昨年度の実績報告書でも述べたとおり、国内外を問わず先行研究はそのほとんどが、「形式的告示」という用語がハイデガーのどのような議論脈絡で使用されているかということの詳述に終始しており、それと彼の哲学観(メタ哲学)との本質的関連について十分に明らかにされているとは言いがたい。これに対して本年度の本研究は、形式的告示とは、どのような存在者が、どのようなことをするときに、使わざるをえない方法であるとハイデガーは考えていたのか、という観点から研究を進めてきた。その成果を手短に述べるならば、形式的告示とは、何かを知ろうとし何かを理解しようとするときに、「投げられてあるところから始めざるをえない」存在者が、自身の生と自身の生きる世界を全体として把握するための唯一可能な方法である、ということである。そしてこの成果は、上述のグローバルな眼目にも同時に資するものであることが明らかとなった。なぜなら、人間の生とそこで典型的に営まれる知の営み(そのもっとも極端なかたちが哲学である)についての以上のような見方は、本研究が西洋哲学史の中から発掘することを目指していた「フロネーシスの伝統」の最大公約数を徹底化したものと考えることができるからである。それは、人間的知識がソフィア的なものではありえず、本質的にフロネーシス的であるということは、人間が自分たちの知の営みを全体として対象化して哲学をする場合にこそ明らかになるということである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
(理由)遅延の理由は二つある。ひとつは、平成23年度業績報告書で述べたとおり、ハイデガー研究を進めていく中で、彼にとってのフロネーシス概念の意義は、それを単に人間の日常的・科学的知識の本質形式とするというオブジェクトレベルでの議論においてだけではなく、哲学それ自体の方法の本質形式ともみなされているというメタレベルでの議論においても評価されるべきであることが判明したため、当初の予定になかったメタ哲学的研究も必要となったということである。 もうひとつは、以下の「今後の研究の推進方策」でも述べるが、ハイデガーの形式的告示という「方法」のメタ哲学的読解を遂行する過程で、当初はその後期哲学の、しかも特定の議論(規則遵守の問題、アスペクト知覚の問題)だけについて本研究に組み込む予定であったウィトゲンシュタインが、その初期の哲学研究(『論理哲学論考』)において自覚的に採用している複雑な「方法」が、ハイデガーの哲学的方法と親和性をもつということが明らかとなり、初期ハイデガーと初期ウィトゲンシュタインの哲学的方法の比較検討と、さらにはその初期と後期を通じてウィトゲンシュタイン哲学が一貫して採用していた方法の明確化が、新たに課題として浮上してきたためである。とくに、『論理哲学論考』の「方法」については、ここ10年ほどで膨大な数の関連文献が発表されてきているため、その調査に次年度いっぱいは必要であると考えられる。 主としてこの二つの理由から、当初本研究の結論部を構成するはずであった、ガダマーの解釈学的哲学、アンスコムの行為論、マクダウェルの徳倫理に見いだされるフロネーシスの伝統の検討は、来年度以降の研究の課題として残されることになった。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は、初期ハイデガー研究と平行して、すでに24年度中に開始していた、ウィトゲンシュタインの初期著作『論理哲学論考』の「方法」についての研究を完成させる。『論考』は、この書を著したウィトゲンシュタインを理解した者には、この書のすべての命題が実は「ナンセンス」であることが認識され、まさにそのことによって、語りえないものが「示される(gezeigt werden)」、という逆説的な方法を採用している。昨年度は、ハイデガーの形式的告示の方法がキルケゴールの「間接的伝達」という方法から受けた影響について調査・研究をしたが、同時にそこで判明したのは、キルケゴールの「間接的伝達」が(キルケゴールの読者であったウィトゲンシュタインの)『論考』の方法に与えた影響はほとんどないと言ってよく、むしろゴットロープ・フレーゲが自身の革新的な論理的表記法(Begriffsschrift、概念記法)を説明するために採用した「解明(Erlaeuterung)」という方法からの影響のほうが大きいということであった。したがって本年度は、フレーゲの「解明」と『論考』の方法との関連性についての研究を一方の軸に据え、また『論考』の方法についての画期的な解釈を提示してここ20年ほどの『論考』解釈をリードし続けているコーラ・ダイアモンドとジェイムズ・コナントの研究の批判的検討をもう一方の軸に据えつつ、初期ウィトゲンシュタインの研究を続け、最終的には、24年度までのハイデガーの形式的告示についての研究成果と総合し、哲学そのものの方法として具現されたフロネーシス的知の可能性を探りたいと考えている。
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