Research Abstract |
料金支払いのタイミングの違いに着目し,事前料金システムと事後料金システムの導入が家計厚生に及ぼす影響を分析できるモデルへ拡張した.事前料金システムの場合,家計が交通機関のサービス利用に関する需要リスクを負担するかわりに,料金割引という対価を受け取る.家計は使途が限定されるチケットを購入することにより,その代金に相当する流動性を失うことになる.事前チケットの割引は,家計の流動性の損失に対する対価と考えることができる.一方,事後割引料金システムの利用契約は,契約の中に割引料金メニューのみが記載されており,契約の中に取引額に関する記載が存在しない.事後割引料金システムでは,決済時点において,個人のサービス利用に関する情報に基づいて料金が決定されるため,多様な割引料金システムを導入することが可能となる.このようなリスク分担構造を明示的に表現できるモデルを構築した.次いで,家計の選好の異質性に関する顕示メカニズムとして位置づけられる事前割引料金システムを表現するモデルへと拡張し,航空サービスの早割チケットのような通時的差別化料金システムの経済便益評価を実施した. 定期券や回数券といった前払い方式のチケットを購入した場合,一度当該サービスに対する対価としての料金を支払ってしまえば,以降のサービス利用行動がどのような結果となろうとも支払額は変更されない,すなわち,家計が前払い方式の料金システムを選択するということは,自らの将来の行動の自由度を放棄してその行動にコミットすることとなる.前払い方式料金の割引額は,こういった自由度の放棄に対する対価とみなすことが出来る.すなわち,コミットメントの価値に相当する割引料金を企業が提供していることに他ならない。一方後払い方式の料金システムを採用する場合,家計は将来の不確実性に対応した柔軟な意思決定を行うことが出来る.すなわち,意思決定の自由度を確保したまま自らの行動を決定出来るメリットが存在する。事前割引料金システムが有する1つの特徴は,一度チケットを事前購入すれば,それをキャンセルするために費用を要するという部分的な不可逆性が存在することである.意思決定問題にこのような不可逆性が存在する場合,意思決定を遅らせる(事前購入しない)ことによる便益が発生する.一方,事後割引料金システムの場合には,このような意思決定行動の不可逆性の問題を回避することができる. すでに構築した不確実性下における家計の交通サービス利用意思決定モデルを拡張し,意思決定における自由度を評価する枠組を提案した.さらに,これまでに蓄積した知識を援用し,多様な交通サービス料金メニューの導入が社会的厚生にもたらす影響を定性的に評価する枠組を提案した.
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Strategy for Future Research Activity |
今後はこれまでの枠組を競争的な市場を考慮した枠組へと拡張する.周知のように,独占企業による最適料金設定行動は全ての余剰を消費者から搾取する結果となる.したがって,消費者余剰の減少を防ぐためには料金規制が必要となる.交通サービスに寡占市場や完全競争市場を仮定し,企業間で競争が働く環境を想定すれば,企業間価格競争を通じて消費者余剰の搾取を防げる可能性がある.競争的な交通サービス市場を考慮すれば,これまで提案した枠組を拡張することにより,より多くの政策的含意を与えうる可能性がある.具体的には,航空サービス企業を初めとして多く導入されているマイレージ制度やポイントシステム,中心市街地活性化施策のツールとしての導入も検討されている地域通貨システムをとりあげ,各種制度のもたらす政策的含意を検証する.
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