2023 Fiscal Year Research-status Report
Rethinking the question of subjectivity from the point of view of the "person" : from the theory of the Ego to the theory of the Ipse
Project/Area Number |
22K00118
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
細貝 健司 立命館大学, 経済学部, 教授 (00513144)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | ジャン=ポール・サルトル / 自己性 / 人格 / 非反省的自己意識 / 自己意識 / 意識フィールド |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度に始まる本研究は、誰もが持っているにも拘わらず、誰もその正体を知らない「私」という存在について、それを「人格」という概念を補助線に、西欧思想史の伝統とは異なるやり方で捉えようとするものだ。1年目の研究は、スコラ哲学に始まる「自己性」を表す概念<ipseitas>に着目し、それについてのサルトルとバタイユの考えを比較した。また、その中で、本研究全体についての概括的な見通しも提示した。バタイユ批判を行った1943年に於いて、サルトルの主体性概念は明らかに「人格」という観点から捉えられていた。他方、1934年の頃のサルトルは、「私」や「自我」を、非反省的意識が生み出すヴァーチャルな非=人格的なもの、すなわち非反省的意識のアバターのようなものと捉えていた。2022年度の研究の過程で、本報告者は、1934年当時のサルトルの非反省的自己意識という考えと、その意識が指し示す「自己」の領域に大きな興味を持った。また、破綻のないシステム運営が行われている非反省的自己意識による主観性のシステムの中に、なぜ「私」や「自我」のようなアバターが産み出されねばならないのかという疑問を持った。よって、2023年度は、もっぱら初期サルトルの非反省的自己意識についての研究が行われた。その結果、初期サルトルの非反省的自己意識という主体性の領域が、極めて現代的な意義を持ち、これまでのイメージとは異なる相貌の元に析出される可能性を持つものであることが分かってきた。報告者はその領域を「意識フィールド」と呼び、『自我の超越』を題材に、綿密な考察を行い、画期的な解釈を導き出すことに成功した。その研究は「非反省的意識はなぜ自我を産み出さねばならないのか?――1934年のサルトルの著作に於ける『自己意識』と『自己』」というタイトルの論考となり、『立命館経済学』第73巻第1号に掲載される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
第2年度の研究では、到達目標のうちから、以下の目標の達成を目指してきた:「スコラ哲学からポール・リクールまでの流れの中で『自己性 ipseitas』の概念を再検討し、我々が『人格』という概念で追求しようとする主体性の基盤が何であるかを解明する」。しかし、初年度の研究により、「人格」という概念を通じて主体概念を捉え直すという目的に対しては、当初予定していたポール・リクールよりもサルトルの方がより豊かな結果が出そうなことが分かってきた。それは初期サルトルと後期サルトルの間の断絶と両者間での主体概念の変遷の中に、西欧思想史の中での主体概念の変遷が反映されているように思われるからだ。また、サルトルに対する毀誉褒貶の歴史に、西欧社会の中での主体概念の捉え方の変化が逆しまに投影されているように思われるからだ。主体概念に「人格」を取り込んだ後期サルトルの思想は、現代の「対人関係精神分析」の形成に大きな影響を与えている。他方、非反省的自己意識を中心に据えた初期サルトルは、それが胚胎する読解の可能性の豊穣さに比して、その解釈が必ずしも充分になされているとは言えない。当初の予定では、後期サルトルの射程を位置づけ、それと現代の精神分析との関わりを解明するまでが本研究の目標であった。しかし、現在は初期サルトルの研究に留まり、その主体概念を正確に解釈するので手一杯の状態だ。その意味で、進捗状況は当初の予定に照らすと順調とは言えない。ただし、初期サルトルがその精製を中途で放棄した概念を、サルトルに代わって精錬し、非反省的自己意識による主体概念の可能性を突き詰めるという研究には、当初想定していなかった大きな可能性があり、その可能性を引き出すため、現在はこの方向で研究を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
研究の初年度と2年度に於ける研究により、初期サルトルに於いて、「非反省的自己意識」とそれが指し示す「自己」という主観性のフィールドが取り扱われているのを発見した。現在は、その研究の中に大きなブレイクスルーの契機が胚胎しているのではないかと考えている。非反省的自己意識が指し示す意識フィールドを「自己」と見なすという考え方には、それまで一般的に共有されている、身体的な基盤の上に保持される主観性という考えを大きくシフトチェンジさせ、「自己」という概念を、身体の限界を大きく超えたところにまで拡げさせるだけのインパクトがあるからだ。よって、本年度はこの初期サルトルの自己性の問題を深く掘り下げ、またそれが現代の意識の哲学とどのように接合しうるかについても考えたい。職場での仕事の業務量に照らし、本研究に割けるエフォート割合を考えると、本年度はこの方向での研究が大半を占めることになろう。他方、後期サルトルの脱独我論を徹底させた結果として登場する、他者との関係性の中で構築される自己という考えについても研究の見通しを付けたい。こちらの考えは、いわゆるフロイトに始まるとされる「精神分析」を全く新たなものへと更新する可能性を秘めている。アメリカで勃興した対人関係精神分析学理論は、明らかに後期サルトルの思想圏にある。ただし、両者の関係性を明らかにしている論考は、少なくともフランス思想の領域では存在しない。よって、報告者は、科研費給付の最終年度までに論文を作成し、その方向での研究の進展について、僅かでも貢献をしたいと考えている。また本年度は、初年度・2年度と果たせなかったフランス渡航を実現し、EHESSやパリ大学等の研究機関で研究者と意見交換をし、また必要に応じて資料収集もし、研究成果をより豊穣なものとさせたいと考えている。
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Causes of Carryover |
2023年度はフランスに渡航し、EHESSやパリ大学といった研究機関で最先端の研究に触れることを計画していた。よって使用計画の中に「フランス現地資料収集・調査・研究発表費用」という名目の予算が計上されていた。ところが、以下の理由でこれが実現できなかった。まず、異常な円安のため、フランスから購入する書籍の購入に想定していた以上に費用がかかり、旅費に充てられる予算が減ってしまったことが挙げられる。また、航空運賃や現地での滞在費も依然として高止まりしており、フランスへ行けたとしても、当初予定の半分程度の滞在期間になってしまう計算となった。他方、自身としては、論文の構想がまとまりかけていたので、期間短縮のため不十分となる現地調査よりも、その期間、日本に留まることを優先し、そこまでに収集した資料を元に、自らの考察を論文へとまとめる方が有効であると判断した。このような判断により、予算の次年度使用が生じた。2024年度は、次年度使用に回した分を合わせると、渡仏が実行できるだけの財源が確保できそうだ。よって、フランス渡航への経費としての予算執行を果たしたいと考えている。ただし、さらなる円安が発生したり、また、世界情勢のネガティブな方向への推移が起こったりすれば、再び変更を余儀なくされる可能性が残っていることも付言しておきたい。
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