2022 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
22K00356
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Research Institution | Fukuoka Institute of Technology |
Principal Investigator |
徳永 光展 福岡工業大学, 教養力育成センター, 教授 (20341654)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 山崎豊子 / 『不毛地帯』 / 『二つの祖国』 / 『大地の子』 / テクストの借用 / 戦争言説 |
Outline of Annual Research Achievements |
山崎豊子の描いた戦争言説をその背景まで遡って理解するために、太平洋戦争時における日本の状況把握に努めた。知覧特攻平和会館、並びに舞鶴引揚記念館からは購入可能な資料を取り寄せ、鹿児島から特攻隊員として出陣した兵士やシベリア抑留から帰国した引揚者の状況に関して具体的な知見を得ることができた。また、数次にわたる東京出張では、東京大学附属図書館、平和祈念展示資料館、昭和館、わだつみの声記念館、しょうけい館(戦傷病者史料館)を訪問し、関係資料の閲覧、並びに収集を行った。太平洋戦争体験者の残した資料や専門家の研究成果を文献だけではなく、展示資料の閲覧や映像資料・音声資料まで広く視聴する作業を通じて、困難な状況下でトラウマを背負いながら生き延びていくしかなかった当時の人々について理解を深めた。山崎豊子がシベリア抑留者や日系アメリカ人、また中国残留孤児に射程を定めて戦争三部作を執筆し得た背景には、広範な読者からの強い支持が不可欠だったと考えられる。作品が連載発表されていった1970年代から1980年代と言えば、戦争体験の記憶を胸中の奥深い所に抱えながら、戦後復興に身を投じていた人々が社会的に活動していた最中であり、そのような読者は山崎の作品に接する中で、自らの体験を相対化する作業に身を投じていたと解釈することができるのである。調査活動を通して収集した資料の分析結果を作品読解に結びつける作業に現在着手している途上であるが、シベリア抑留や東京裁判など、史実が研究された結果、作品に取り込まれている状況について、現在理解を深めているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
記録として残っている太平洋戦争にまつわる言説を広く収集し、山崎豊子が作品の中でそれらをどのように改変しながら引用しているかについて、調査を進めているところである。 『不毛地帯』では、大本営で戦争作戦を練った男がシベリア抑留を経て帰国し、その後大戦では果たせなかった国益の追求を総合商社を舞台としてどのように展開していったかという問題について、自衛隊の航空機受注、自動車産業の再編、中東における石油開発という局面に着目しつつ分析する作業に着手している。 『二つの祖国』では、日系アメリカ人が米国内で搾取されてきた歴史的変遷について考察しながら、太平洋戦争下にあっては日米戦を制する語学兵として米国のために忠誠を誓った事実、さらには極東国際軍事裁判(東京裁判)で通訳のモニターとして活躍した状況を精査し、作品にそれらの歴史的事実がどのような形で取り込まれているかを考察している。 『大地の子』では、中国残留孤児が登場することに鑑み、その発生経緯を跡付け、日中両国の間でアイデンティティを引き裂かれつつ中国人としての人生を全うしようとする主人公に焦点を当てた分析に意を注いでいる。 これらの作品が発表されたのは1970年代から1990年代にかけてであるが、当時、太平洋戦争の苦い体験を内に秘めながら作品内の人物像に共感を注ぐ広範な読者の存在が作品生成に大きな影響を及ぼしていた事情の把握についても、意を注いでいるところである。
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Strategy for Future Research Activity |
最終的には論文として研究成果を公開できるところまで持っていくことを目指している。『不毛地帯』、『二つの祖国』、『大地の子』それぞれに関する作品論として発表することを第一の目標にし、それらを踏まえて「山崎豊子戦争三部作論」としての結実を期して、鋭意進めているところである。 戦争言説と作品中の表現は一体どのように交錯しているのか、また、作品がいずれもヒットした背景に存在していたはずの読者の存在についても、考察の対象にしようとしている。 文献調査を継続すると共に、作品表象との関係性につき、分析を進めていく予定である。
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