2022 Fiscal Year Research-status Report
英国モダニズム文学における「文字テクスト」としての表象についての研究
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22K00377
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
合田 典世 京都大学, 人間・環境学研究科, 准教授 (90454868)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | ヴァージニア・ウルフ / ジェイムズ・ジョイス / メディア / 文字 / 意識 / 読み書き / 自由間接文体 / 創造性 |
Outline of Annual Research Achievements |
プロジェクトの初年度は、ヴァージニア・ウルフ研究でよく取り上げられるトピック群を、代表的フィクション作品だけでなく、エッセイや短編のテクストにも照らしながら再考する作業に集中した。その中で鍵テクストとして浮上してきたのが、「いかに本を読むべきか」('How Should One Read a Book?')という「読むこと」について書かれたエッセイである。そもそも、ウルフ研究では、エッセイなどノンフィクションの扱いはフィクションに比べて手薄であり、扱われる対象も、フェミニズム関連、有名な作家関連のものに集中するなど偏りが大きい。しかし、本エッセイを熟読すれば、生涯にわたる「コモン・リーダー」としての読書経験こそが、作家的想像力の核心にあると見てとれ、それを踏まえれば、フェミニスト、モダニストの側面も包摂する形で、作家の全体像を見渡す視座が得られる。主客の一体化や、意識の流れという定番のトピックも、読むことと書くこと、読者と作者の呼応関係と同一線上に捉えることができ、作家のジャンル越境的企図や、エッセイも含めた膨大なテクスト群の布置も捉え直すことができる。こうした新しい道筋への端緒として、当該エッセイの翻訳・解題を『英文学評論』に発表した。また、「読む」「書く」を鍵として作家像を捉え直すことで、女性と創造性というより大きな問題を、従来のフェミニズムの枠にとらわれず広い視野から考えることも可能になる。これについては、イギリスでの国際学会で成果の一端を発表し、有益なフィードバックを得ることができた。 ウルフ研究の一方、ジョイスの『ユリシーズ』についても、出版100周年を記念して相次ぐ刊行物をフォローしつつ、これまでの知見を練り直しており、成果発表の形を模索中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
鍵となるテキスト群と、そこから広がる発展可能性についての洞察が得られたことは有益であった。引き続き国内外での発信を続けながら、イギリスで資料調査も行いたい。
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Strategy for Future Research Activity |
英国モダニズム文学において、印刷された文字の「メディア」性を問う、という本プロジェクトのテーマに沿う形で、これまで得られた知見を整理し、国内外での発信を目指す。ウルフについては、初年度に重点的に考えてきた、読むことと書くことにまつわるテーマは、「あわい」(メディウム)を鍵概念として、さらに発展的に討究可能であろう。主観と客観、男性性と女性性、能動と受動、在と不在、といったデュアリティのいずれかの「極」でなく、両者の「あわい」に回路を見出す作家の創造性、独創性のありようをあぶり出していきたい。とりわけ、在と不在のテーマは、『灯台へ』などの主要なフィクション作品だけでなく、初年度に訳出した読書エッセイ、さらには当時の新「メディア」である映画についてのエッセイでも変奏される。ジャンルの違い、表層的なテーマの違いから、結びつけられることのなかったテクスト群を、伏流するテーマにおいて括り直し、それぞれで見過ごされてきた側面を照らし出す。その際、主観と客観の「あわい」の体現である自由間接文体における、潜在意識(non-reflective consciousness)の文字的表象の検討も重要な課題となる。 ジョイスについては、語の意味や文脈を逸脱するテクスト上の文字のふるまい、すなわち「テクスト的無意識」へのまなざしを促すことと、「日常」「エピファニー」への志向性がいかにかかわりうるのか、さらに考察を続けたい。またジョイスとウルフのテクスト言語の特性の考察には、同時代のメディアである、映画、絵画、音楽などとの競合関係/協働関係をより丁寧に把握していく必要がある。時代や国籍を拡張的に捉える近年のモダニズム研究の傾向を踏まえ、ミクロなテクスト分析と同時代のメディアをめぐるマクロな環境の両方を念頭に考察を続ける。
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Causes of Carryover |
コロナや国際情勢不安の影響はまだ予断を許さず、今後のより一層の状況の安定を見込んで、今年度は海外渡航を見送った。次年度に実現させることで、消化していく予定である。
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