2023 Fiscal Year Research-status Report
宮城の街、旧麹町・神田区における文学言説を用いた近代都市風景史の構築
Project/Area Number |
22K00496
|
Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
松下 浩幸 明治大学, 農学部, 専任教授 (20310550)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
冨沢 成実 明治大学, 政治経済学部, 専任教授 (70339563)
村松 玄太 明治大学, 情報コミュニケーション学部事務室, 専任職員 (80639568)
|
Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
Keywords | 御茶ノ水駅 / 阿久悠 / 1950年代後半の青春 / 樋口一葉 / 日記 / 別れ霜 / 文明開化の東京 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は本研究の2年目にあたる。昨年度の基礎的研究の成果を踏まえ、本年度は以下のような実績を残すことができた。
冨澤成實は「明治大学史資料センター」HPにおいて「御茶ノ水駅と阿久悠の青春」を発表した(2023・11配信)。作詞家・阿久悠は、明治大学への通学に御茶ノ水駅を利用していたが、阿久は聖橋から見た御茶ノ水駅は、どこかにフランス映画の一シーンを思わせる詩情があり、ニコライ堂のシルエットも想い出の一コマに絶好だったと、お茶の水と自身の青春を重ねた回想を綴っている。これは「お茶の水えれじい」のジャケットの表紙を飾るための文章だったが、この楽曲の発売計画は中止となり、結局リリースされることはなかった。しかし、公表を前提に阿久悠がこのように自分の過去を叙情的に回想することは、極めてめずらしいことであったことが指摘され、1950年代後半に学生生活を送った当時の若者の心象風景と、お茶の水界隈をめぐる追想の意味が考察されている。
また、松下浩幸は『明治大学人文科学研究所紀要 第九十一冊』41頁~53頁(2024年3月28日)において、「樋口一葉と〈東京〉表象―『一葉日記』と「別れ霜」―」を発表した(査読あり)。本稿では樋口一葉が書き残した「日記」と初期の小説「別れ霜」の都市表象を同時代文脈において再考することで、近代化が進む東京の街と一葉テクストとの関わりに、新たな視点を与えることを目的とした。日記で描かれる上野の「東京図書館」や「お茶の水橋」の開設では、変わりゆく都市の風俗が孕むジェンダー・バイアスの問題や、風景の変化がもたらす感性のゆらぎが表象し、また小説「別れ霜」では当時の東京のメインストリートであった上野から万世橋、そして日本橋へと通じる道を物語の見せ場として用いていることで、伝統的な男女の道行を近代的な演出によって新しい都市の抒情を描き出そうとしていることを指摘した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2年目にあたる本年度は、小説・記事などの旧神田区・麹町区関連の場面を「調査シート」として収集することを研究の柱とした。「調査シート」には調査した担当者の氏名、作品の作者・筆者、タイトル(作品名・記事名)、初出情報、出典タイトル、出版社・発行元等、発行年月日、掲載頁を記入し、該当箇所(具体的な場所、建物、風景、町などの名称)の引用文のコピーを添付するものである。これは次年度作成予定であるデータベース構築のための基礎資料とし、次年度も継続して行う予定であるが、本年度は一人50項目、担当者4名で計200項目の収集を行った。収集する対象となる作家や作品が限定される傾向にあることや、引用の出典をどのように規定するかなどの問題が生じたが、まずは収集する項目の数を最優先に作業を行うこととした。 また、11月上旬には旧神田区・麹町区の中心でもあり、首都・東京のランドマークである東京駅及び皇居周辺のフィールドワークを行った。実際に散策をすることで、周辺にある東京の主要な街との関係や距離感を体感することができた。さらに3月末から4月上旬(経費の捻出は2023年度分)には松下が熊本へ、吉田悦志が津山方面への研究出張を行った。熊本出張では、精神形成期に神田地区と強いつながりを持つ夏目漱石の熊本滞在中の約4年間の足跡を追うことで、その後の漱石の文明観や近代観が、旧神田区や麹町区を舞台として描く後の作品に、熊本時代の経験が多く反映されているのでないかという考察の可能性を得た。また、江戸時代末期から明治時代初期を本研究で担当する吉田は、江戸を一望する絵図である「江戸一目図屏風」を描いた津山藩絵師・鍬形蕙斎、さらに森鴎外が史伝『西周伝』において箕作麟祥、福沢諭吉、西村茂樹、箕作秋坪、中村正直、杉亮二、津田真道などが西周の神田西小川町の住まいに集まったと書いていることを受けて、フランス法学者・箕作麟祥の事蹟を調査した。
|
Strategy for Future Research Activity |
2024年度は主に各自の調査シート収集の結果をデータベース化し、その成果を生かして本採択課題である「宮城の街─旧麹町・神田区における文学言説を用いた近代都市風景史の構築」についての考察を論文化することを目指す。基本的な各自の担当時代区分は次の通りとする(ただし、興味深いものがあれば時代を越えて収集することは可とする)。吉田は江戸から明治10年代までを、松下は明治20年代から明治45年までを、冨澤は明治45年(特に大正期寄りの作家を中心に)から大正末までを、そして村松玄太は昭和初年から終戦頃までを調査対象とする。調査シートの収集は2023年度においては一人50項目をノルマとしたが、2024年度においてもデータベース化のさらなら充実を図るため、継続して収集作業を行う予定である。さらに、調査シートの収集作業と並行して、データベースの作成を行っていく。データベースの構築には、週一回を目途に研究補助業務者(アルバイト)を使用し、9月頃の完成を目標とする。また。8月~9月にかけて関連する地域でのフィールドワークも実施する(気候によっては秋に行う)。 その後、完成したデータベースをもとにした分析を行い、各自の研究発表会を11月頃に行う。その際にはデータベースの有効活用の提示方法についても考察する予定である。そして12月末を目途に各自の研究成果を論文化する作業を行う。発表媒体としては、代表者らが所属する大学の刊行物である『大学史紀要』(明治大学史資料センター)を予定している。なお、データベースの成果もこの媒体において発表する予定である。 また、本研究は大学における地域社会との連携、あるいは教育研究資源を地域に還元する社会貢献の動きと連動するものである。そのため、活字化による発表だけではなく、社会人講座等の機会を生かし、地域において広く情報提供を行うことも計画する予定である。
|
Causes of Carryover |
本来であれば研究担当の4名がそれぞれにテーマと関連する調査のために研究出張、及びフィールドワークを実施する予定であったが、1名が帯状疱疹の発病による症状が思わしくなく、そのため研究活動が思うようにできない状態となってしまった。また、本来は大学の研究機関に所属し、研究業務を行える部署にいた職員が、他の部署へ異動となり、思うように研究活動のための時間が確保できなかったことにより、こちらもまた研究出張及びフィールドワークの実施ができない状態になってしまった。そのため、次年度への繰り越しとなった。繰り越した額については、次年度の研究出張または必要な文献・図書の購入に充てる予定である。
|
Research Products
(2 results)