2022 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
22K18115
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
田中 亜以子 一橋大学, 大学院社会学研究科, 講師 (50851953)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | ジェンダー・アイデンティティ / 「心の性」 / 性別観 / 近代日本 / 女形 |
Outline of Annual Research Achievements |
本課題は、近代日本における性別観の形成過程を明らかにすることを目的としている。2022年度においては、特に歌舞伎の女形をめぐる議論を精査することにより、「心の性」という観念が形成されていった様相を浮かび上がらせた。20世紀初頭の日本では、舞台において「女の役は誰が演じるべきなのか」という問いが演劇関係者を中心に真剣に議論された。1629年に江戸幕府によって女性が公の舞台で演じることが禁止されて以来、女性の役は身体的には男性である女形によって演じられ、そのことに疑義が差し挟まれることはなかった。しかし、明治に入り、西洋では女性の役は女性が演じているという知見がもたらされることにより、改めて「女の役は誰が演じるべきなのか」が問われることになった。その結果、現代劇では女優が、「伝統芸能」である歌舞伎では女形が女性の役を演じるという住みわけが形成されていった。本研究では、そのような住みわけが、いかなるセックス/ジェンダー観に基づいて形成されていったのかを明らかにした。 先行研究では、女優と女形の住みわけは、女優を「自然」、女形を「不自然」とする認識に基づいていたことが指摘されてきた。そうした認識の背後には、女性性を女性の身体に「自然」に備わるものとする科学的な言説が存在したことが指摘されてきた。これに対して、本研究では「女の役は誰が演じるべきか」という議論において、心、あるいは、心という観念に重なる感情や精神、心理に、あたかもその人の性別の本質が存在しているかのようなイメージの形成がなされていったことを指摘した。女性身体には女性の〈心〉が、男性身体には男性の〈心〉が備わっており、その〈心〉の表現として「見た目」や「女性性」が捉えられていくことにより、女性の役は、女性の〈心〉をもつ、女性身体しか演じられないという論理がつくられていったのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2022年度の前半は、史料収集および分析を行ったが、後半は健康上の理由のため研究発表を行うことができなかったため。
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Strategy for Future Research Activity |
本課題の目的は、近代日本における性別観の形成過程を明らかにすることである。2022年度においては、特に歌舞伎の女形をめぐる議論を精査することにより、「心の性」という観念が形成されていった様相を浮かび上がらせた。 2023年度においては、特に明治から大正期にかけて「女性」というアイデンティティを前面化することで社会的に活動した女性たち(婦人運動の担い手、自由民権運動家、社会主義者、教育者等)を対象として、彼女たちの「女性である」という主観、あるいは、自己像がどのようなものであったのかを探求する。そのことにより、フェミニズムにおけるひとまとまりの「女性」がどのようにつくられていったのかを考察する。特に、身分制が廃止されるなかで、性別カテゴリーが階層やナショナリティといかに交差しつつ、あるいは、その交差性が隠蔽される形で「女」「男」がつくられていったのかを論じたい。 史料として用いるのは、主に上記に該当する女性たちの手記や評論、創作作品である。また彼女たちの残した記述の背景を探るために、同時代に日本に移入された「科学的」な性別観がいかなるものだったのかを雑誌『人性』や『心理研究』等の記事によって確認する。 2024年度以降については、①身体の性別に関する理解、②子供の性別に関する理解について、それぞれ近世から近代にかけていかなる変容が生じたのかを探求することを通して、近代日本の性別観に対する考察を深める予定である。 また、英語圏の先行研究との比較を行うことによって、日本近代における状況の固有性と他地域との共通性の両方を明らかにしたい。
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Causes of Carryover |
健康上の理由から、3月に参加予定であったイギリス・オックスフォード大学における国際会議への出席を断念したため。2023年度は、アメリカにおける国際会議への出席をはじめ、国内外の研究交流の場に積極的に参加予定である。
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