2022 Fiscal Year Research-status Report
溶液中の二分子反応において,反応分子のどのような衝突が化学反応を引き起こすか?
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22K18329
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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Project Period (FY) |
2022-06-30 – 2025-03-31
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Keywords | 時間分解測定 / 二分子反応 / 反応機構 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題の目的は,「溶液中の二分子反応において,反応分子のどのような衝突が化学反応を引き起こすか」を実験的に明らかにすることである.二分子間でも化学反応は反応分子同士の衝突によって引き起こされるが,溶液中での分子と分子の衝突の角度や速度,衝突部位を実験者が制御することができない.それに加えて,反応分子の衝突の相手はもう一方の反応分子ではなく溶媒分子である場合の方が圧倒的に多い.本研究では,四塩化炭素溶液中で芳香族分子が電子励起されると溶媒である四塩化炭素から塩素ラジカルを引き抜く高速二分子反応が起きることを利用して,二分子反応の初期過程を分光観測することで化学反応による反応分子の変化の詳細を調べることを目指している. 研究代表者らは,これまでの研究でtrans-スチルベン分子を四塩化炭素溶液中で光照射すると最低励起一重項(S1)状態のスチルベン分子と溶媒の四塩化炭素分子の間で上述の高速二分子反応が起こることを見出していた.本研究では,まずtrans-スチルベンの片方のフェニル基にメトキシ基あるいはブロモ基を導入した4-メトキシ-trans-スチルベンと4-ブロモ-trans-スチルベンをそれぞれ四塩化炭素溶液中で光励起して,その後に起きる高速現象を時間分解分光測定している.時間分解赤外分光測定では,四塩化炭素溶液中でこれらの分子を光励起したときにトリクロロメチル(CCl3)ラジカルに由来する赤外吸収信号を検出した.時間分解けい光分光測定からは,4-メトキシ-trans-スチルベンと4-ブロモ-trans-スチルベンのS1状態の寿命がそれぞれ0.73 psと11 psであり,通常の溶媒中での寿命である30 psおよび68 psに比べて顕著に短寿命化していることが分かった.これらの分子の電子励起状態が溶媒の四塩化炭素分子によって高速で失活することが明らかになった.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和4年度は,大学における実験研究が新型コロナ感染症対策による制限を受ける事態をほぼ避けることができた.研究室のメンバーが研究の進捗を報告してその後の方針を検討する内部のセミナーも年度の後半からは対面で実施できるようになった.一方で,令和4年度にはフェムト秒時間分解吸収分光測定およびピコ秒時間分解ラマン分光測定の際に光源として用いているチタンサファイア再生増幅器にシード光を供給するモードロックチタンサファイア(オシレーター)を交換した.本研究で利用する主要な分光測定装置におけるこの修繕は研究の円滑な遂行に影響を与えた. 令和4年度の秋以降の多くの国内学会では,対面方式が復活した.国内の研究者との対面での議論は,本研究の進展にとって有意義であった.一方で,研究代表者が共同議長として9月初旬に日本で開催する予定であった分光学を主題とした国際会議は新型コロナ感染症の感染状況を考慮して次年度に延期した.8月には研究代表者が国際運営委員を務める大規模な国際会議が米国で開かれたが,出張中に感染して帰国が困難になるリスクを考慮して研究代表者は出席を見送った.1年を通じて,海外の専門家と本研究の結果について十分に議論できたとはいいがたい. 令和4年度における研究では上記のような困難に部分的には遭遇したが,一方でよい研究成果を得ることができた.「研究実績の概要」の欄で述べた2種類の非対称なtrans-スチルベン置換体についての実験の結果は興味深いもので,この現象を検討することで溶液中での二分子反応を誘起する分子間衝突について豊富な知見を得られる可能性がある.次年度以降の研究はこの結果に基づいて計画しており,研究を進展させる上で有意義な結果を得ることができたといえる. 以上の状況を総合的に勘案して,現在までの研究は「おおむね順調に進展している」とした.
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Strategy for Future Research Activity |
令和5年度には,四塩化炭素溶液中において光照射された4-メトキシ-trans-スチルベンおよび4-ブロモ-trans-スチルベンのピコ秒時間分解ラマン分光測定を行う.これらの分子は二分子反応の反応分子であり,特に4-メトキシ-trans-スチルベンは溶媒である四塩化炭素と0.7 ps程度の時定数で高速の二分子反応を起こすことが想定される.S1状態の4-メトキシ-trans-スチルベンおよび4-ブロモ-trans-スチルベンのラマンスペクトルは,二分子反応を誘起する分子間衝突の種類と強度を反映した振動モード選択的な振動位相緩和を示す可能性がある.時間分解ラマンスペクトルを測定するときのプローブ波長は633 nmあるいは532 nmとする. 非対称に置換された4-メトキシ-trans-スチルベンおよび4-ブロモ-trans-スチルベンに加えて,対称に置換された4,4’-ジメトキシ-trans-スチルベンと4,4’-ジブロモ-trans-スチルベンに測定対象を拡げる.メトキシ基は電子供与基でありブロモ基は電子吸引基である.これらの置換基が両方のフェニル基の4-位に導入された対称置換体が電子励起状態において四塩化炭素と二分子反応を起こすか否かをピコ秒時間分解けい光分光測定やピコ秒時間分解ラマン分光測定によって明らかにする. メトキシ基あるいはブロモ基以外を導入した対称あるいは非対称置換trans-スチルベンが四塩化炭素との間に光誘起高速二分子反応を起こすか否かを調べる.これらのスチルベン誘導体以外の芳香族化合物で,四塩化炭素と光誘起高速二分子反応を起こす物質を探索する.分子の対称性が高いと基準振動が分子全体に非局在する傾向が大きくなるので,非対称な分子を積極的に検討する. 新たな研究の結果を得た場合は,対面の学会で積極的に発表して国内外の研究者との議論を深める.
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Causes of Carryover |
「現在までの進捗状況」の欄に記述したように,令和4年度には本研究の分光実験で光源として用いており,研究の遂行のためには不可欠な装置であるモードロックチタンサファイアレーザーを交換する必要が生じた.このレーザーは米国製であるが,令和4年度を通じて米国における科学機器の価格が急激に上昇した.同時期に米国ドルに対する日本円の価格が大きく値下がりしたこともあって,モードロックチタンサファイアレーザーの交換のために必要な費用が大幅に増加した.このため,レーザー交換の費用を本課題と他の科研費研究課題との合算で支出することとした.令和4年度には,研究代表者および大学院生が国際会議に出席して成果を発表することを予定していたが,新型コロナ感染症のために国際会議への参加を取りやめた.これらの事情によって,令和4年度の研究費の支出額は当初とは大きく異なることになった. 令和5年度には,令和4年度の結果を受けて分光実験を加速する.研究代表者および複数の大学院生が国際会議に参加することも決定しており,外国旅費の支出が必要となる.さらに,ラマン分光学の分野で顕著な業績を挙げている外国人研究者を令和5年7月から令和6年3月まで博士研究員として雇用できる見込みになった.令和4年度に生じた次年度使用額はこれらの目的のために使用する予定である.
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Research Products
(2 results)