2023 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
22K18471
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
高橋 勤 九州大学, 言語文化研究院, 特任研究者 (10216731)
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Project Period (FY) |
2022-06-30 – 2025-03-31
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Keywords | 石牟礼道子 / 渡辺京二 / 水俣病 / 近代の構図 / 水のイメージ / 足尾鉱毒事件 / 田中正造 / 環境人文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和5(2023)年度の研究計画は、環境人文学に関する二つの課題を設定していた。一つは石牟礼道子『苦海浄土』『天湖』を中心として、環境汚染と共同体の崩壊という問題について考察することであった。特に「水」のモチーフ(湖、泉、共同井戸、排水口、龍神伝説等)に注目し、自然の循環に根ざした共同体の暮らしと生活文化の記憶がいかに分断されたかを検証することを目的とした。またもう一つのプロジェクトは、アメリカの思想家ヘンリー・ソローの自然史エッセイを通して環境人文学の方法論を考察することであった。 石牟礼文学についての主な研究成果としては、ASEAN文学・環境学会において “Cursing Modernity: Michiko Ishimure’s Creative Nonfiction of Minamata”という研究発表を行ったことである。石牟礼文学における母子のモチーフを起点として、水をめぐる自然風土に母と子(すなわち胎児と羊水)の関係が投影された事実を指摘し、水俣における水質汚染が生命の根源的汚染として提示された経緯について論じたものである。タイやインドネシアのパネリストと環境汚染とその文学的表象に関して意見を交換したきわめて有意義な経験であった。またその準備段階において、11月に福岡で開催された「水俣フォーラム福岡展」で講演やドキュメンタリーフィルムの上映に参加し、また図書購入を含む貴重な資料を多く収集することができたのも大きな収穫であった。 環境人文学のの研究成果については、日本メルヴィル学会において「ソロー、メルヴィル、ナチュラルヒストリー」という講演(招待講演)を行い、メルヴィル学会の機関誌に講演録を刊行した。また「詩人ナチュラリストの誕生―「マサチューセッツの自然史」を起点として」(『言語文化論究』no.51 九州大学言語文化研究院)を刊行した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和5年度は本研究課題の2年目に当たり、図書購入等の資料収集に努めるとともに、研究成果を国際学会で発表することを目指した。ASEAN文学・環境学会において本プロジェクトの成果の一端を発表することができたことは幸いであった。また文学・環境学会日本支部の運営(国際学会の開催等)に関わった経験から、ASEAN地域における同様の、非常に活発な活動を目の当たりにし交流できたことは有意義であったと思われる。またその準備段階において「水俣フォーラム福岡展」の講演やドキュメンタリーフィルムの上映に参加し、さらにジョニー・デップ主演の映画MINAMATAを鑑賞する機会を得たことは研究発表の構想にインスピレーションとなったと思われる。石牟礼作品における「水」のイメージに注目し、水俣病問題が生命の根源に対する汚染として表象された経緯を論じることができた。 その一方において、もう一つの水の汚染である足尾鉱毒事件ついて考察し「足尾から水俣へ」という産業汚染をめぐる「近代の構図」について考察する余裕がなかったのは残念であり、今後の研究計画に取り入れたい。すでに刊行済の「ことばの近代―石牟礼道子における風土と文学」『文学と環境』6 (文学・環境学会、2003年)および2本の英語論文“Minamata and the Symbolic Discourse of the South” Ecoambiguity, Community, and Development (Lexington Books, 2014)、“Ethics of Natural Disaster: Shozo Tanaka and Ashio Mine Poisoning.” Tamkang Review, no. 37 (Autumn 2006)を進展させ統合するかたちで 、産業公害をめぐる「近代の構図」について考察したい。
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Strategy for Future Research Activity |
令和6年度は最終年度に当たり、本プロジェクトを総括するかたちで、石牟礼文学における風土性(土着性、神話的心性)について考察する。石牟礼作品において近代産業の所業と対置されたのが、不知火界沿岸の前近代的な精神風土である。その神話的心性の中に見出された人間存在の理想について考察する。 「足尾から水俣へ」という産業汚染をめぐる「近代の構図」について再度確認し、それに対する一つの理想として提示された不知火海沿岸の自然風土に培われた神話的心性について考察する予定である。成果発表としては、国内学会または国際学会で研究発表を行うこととし、論文の形でまとめることを予定している。 また環境人文学の方法論の考察については、現在東京大学で進行中の研究会「Sustainability と人文知」において「環境人文 学の探究──エコクリティシズムと環境史の交差から」というテーマが取り上げられ、リレー講義の依頼を受けている。6月28日に環境問題を文学的視点から考察する意義について講演を行う予定である。
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Research Products
(5 results)