2022 Fiscal Year Research-status Report
東アジアの近代化と新儒家の〈生命〉概念:熊十力哲学の意義の再検討
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22K19969
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
胡 せい 上智大学, 文学研究科, 研究員 (10963035)
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Project Period (FY) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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Keywords | 現代新儒家 / 熊十力 / 中国哲学 / 比較哲学 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和4年度において、熊十力の主著である『新唯識論』のテクスト分析を中心に展開してきた。従来の解釈に踏まえつつ、熊十力の哲学における儒教および仏教の概念は、かなり「近代的」な意味合いが含まれていることが分かってきた。例えば、伝統の中国哲学にある専有名詞を用いながら、新たな西洋的な意味を賦与することによって、西洋近代の哲学概念との親近性を示している。このような概念の接近は、マテオ・リッチ以来のイエズス会宣教師の文化交流活動のなかにも見られる。しかし、熊十力の場合、西洋の哲学概念を転用することではなく、もっぱらその概念を自らの哲学の血肉とさせ、従来の伝統思想を発展させようとした。 テクスト分析を踏まえたうえ、熊十力の哲学とカントの哲学との比較研究を行っている。カントの認識論にあるカテゴリー論を参照に、熊十力が『新唯識論』の中に論じたカテゴリーの問題および人間認識の仕組みを分析した。その分析のなかで発見したのが、「純粋カテゴリー」の概念の存在である。すなわち、熊十力が構築する認識のプロセスを完成させるために、純粋カテゴリーの概念が必要とされる。この純粋カテゴリーはいかなる概念なのか。それを用いて認識のプロセスが如何に変化していくのか。さらに言えば、このような概念の発見によって、熊十力の哲学理論が「近代化」へに接近することが言えるのか。 以上の成果を論文にまとめて、国内の雑誌へ投稿し、海外にも研究成果を公開する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度において、熊十力の主著のひとつである『新唯識論』を中心に、彼の認識論の構造を再分析した。当初の熊十力哲学における儒学・仏教と、伝統的儒学・仏教との異同を解明する思想史的研究から少しかけ離れたが、このような比較研究を行う中で気づいた重要な事柄があった。 すなわち、熊十力哲学の認識論は、仏教(特に唯識宗)の認識論を土台にしているにもかかわらず、その切口になったのが西洋哲学への親近性のところにあることである。さらにこの認識論における人間認識の仕組みを掘り下げると、「純粋カテゴリー」という概念の存在に気づいた。この概念は、熊十力本人が言明している概念ではなく、彼の理論を描き出そうとするとき、カント哲学の認識論を参照にしてはじめて気づいたことであった。純粋カテゴリーの概念をなくしては、熊十力哲学の人間認識のプロセスが完成することが出来ない。この発見は、熊十力哲学の認識論の理論構築にとって重要なピースであると同時、認識論そのものに対する討論の重要参照理論にもなれる。研究成果の公開自体がやや遅れていたが、熊十力哲学の解釈、その意義の再検討、さらに言えば認識論研究そのものへの貢献になれる重要な理論発見とは思える。この意味においては、この研究はおおむね順調に進展しているように思う。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は主に三つの方向から研究を進めたいと考える。 ①熊十力哲学における純粋カテゴリー概念の役割を明確させ、近代のヨーロッパ哲学にある認識論との比較研究を行う予定である。このような比較研究を通して、熊十力の著作のなかで十分に論じされていなかった認識論の理論構造の雛型を描き出す。 ②仏教の唯識論との比較研究を行い、その背後にある形而上学や存在論の構造変化およびその意義を究明する。 ③人間認識から宇宙論・存在論へという熊十力哲学の独特なプロセスを手かがりにして、近代化の実現の可能性を検討する。このとき、ベルクソン哲学におけるエラン・ヴィタールの概念を援引し、熊十力哲学における宇宙進化論の内実を解明する。
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Causes of Carryover |
今年度は、後半になって補助金を取得していたため、実質の研究は半年間のみになっている。 また、コロナ禍の影響で海外渡航して成果発表することが実現できなかったが、研究内容はかなり進んでいる。 次年度は、国内外における研究成果発表が予想され、それにあたって旅費や参加費が発生する。次年度使用額は、このような研究成果発表に必要な費用に充当する予定である。
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