2022 Fiscal Year Annual Research Report
自由意志論の可能性―心理学から自由の哲学を再考する―
Project/Area Number |
22J20373
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
稲荷森 輝一 北海道大学, 文学院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | 自由意志 / 実験哲学 / 直観 / 道徳的責任 / 医療倫理 / 自律 |
Outline of Annual Research Achievements |
課題①に関しては、自由意志の実験哲学で知られている具体事例-抽象事例間の直観の差異は責任帰属直観を産出するシステムが正常に機能した結果として理解できるとする理論、「説明表象説」の構築に成功した。本成果を報告した応用哲学会の発表、「責任帰属直観と具体・抽象のパラドクス」は高く評価され、応用哲学会より学会賞を授与された。また、前期から後期にかけて本説を実証的に擁護するための研究を計画し、第一段階として、バイパス判断や侵入判断といった決定論の誤解は、責任帰属直観の多様性を説明しつくすものではないことを明らかにすることを試みた。おおむね仮説を支持する結果を得ることができており、第5回非難の哲学・倫理学研究会で中間報告を行った。 課題②に関しては、自由意志の実験哲学における研究を踏まえて哲学的直観に関する専門性擁護を支持する議論を構築し、国際誌Revista de Humanidades de Valparaisoへ論文を投稿した。本論文では、自由意志の実験哲学において知られている決定論の理解度の問題に着目し、哲学者は一般人に比べて決定論を正確に理解できるという観点から、哲学者の直観と他分野の専門家の判断との間には重要なアナロジーが成立することを示した。哲学的直観の信頼可能性に関する問題を解決することで、自由意志論における多元論を直観的に正当化する上での重要な障壁を克服することができた。 課題③に関しては、医師個人の自律的選択の侵害という観点から、医学部地域枠制度の倫理的問題点を明らかにし、医学哲学倫理学会において成果を発表した。本発表においては、両立論的な自由意志概念として理解可能な自律概念を用いて個別具体的問題を分析することで、多元論の立場から自由意志が関わる倫理的問題を分析するため予備的な作業を完了することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
計画が順調に推移した主な理由は、直観に関するメタ哲学的研究の進展にある。自由意志の実験哲学における一部研究は、実験参加者の多くが決定論の理解に失敗してきた可能性を示唆している。本年度はこの問題に着眼して、哲学者の直観は素人の直観より信頼性が高いとする「専門家擁護」の議論に関する新たな理論を構築することに成功した。具体的には、①哲学的訓練は思考実験に関する理解度を向上させることで哲学的直観の産出に寄与しており、②専門家の判断が信頼されている他分野と哲学の間に重要なアナロジーがあることを示すことで、専門家擁護を支持するアーギュメントを構築した。本年度は直観に関する多元論を示すことが主な課題であったが、専門家擁護に関する議論を構築したことで、自由意志に関する多元論を直観的に正当化する上で必要な予備的作業を当初の予定より早く完了することができた。 一方、本年度の主要な課題であった責任帰属直観に関する多元論の擁護に関しては、若干の遅れが生じている。実験哲学的研究を本格的に始めた最初の年度ということもあり、実験用マテリアルの策定や実験用プラットフォームの選定および作業の習熟に時間を要したことが主な原因である。また、決定論的シナリオに関する理解度を大幅に向上させるという実験プロジェクトにおいて当初期待していたほどの改善を得ることができず、実験計画の修正を求められたことも一因である。しかしながら、現段階で決定論の誤解が直観の多様性を説明しつくすものではないという点については明らかにできているほか、人々の処罰欲求が自由意志・責任帰属と密接な関係にあることを発見することができた。現在これらのデータに基づき論文を執筆中である。 総合的には、実験において若干の遅れは生じたものの、他の部分で大きな進展があったこと、および論文を執筆する段階には到達できていることから、計画はおおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
課題①:責任帰属直観に関する多元論の擁護 現在行っている実証的な研究を継続し、責任帰属直観の多様性は決定論の誤解によっては説明しつくされないという立場を経験的に確実なものとする。同時に、国際誌Cognitive Scienceへ成果を投稿する。また、fMRIを用いた実験を通じて、責任帰属直観産出メカニズムについて神経科学的な視点からも解明を試みる。昨年度応用哲学会で発表した説明表象説に関しても、この仮説の実証的な裏付けを得るため、責任帰属判断と因果帰属判断に関する実験哲学的研究を計画・実行していく。 課題②:直観における多元論は自由意志論における多元論を支持するか まずは、本年度構築した専門家擁護を支持する議論を、哲学的専門性一般に関する議論を踏まえて発展させ、日本哲学会学会誌『哲学』へ投稿する。同時に、自由意志論において直観的正当化が決定的役割を担うという立場を擁護するアーギュメントを構築し、直観における多元論が自由意志論における多元論を導くものであることを明らかにする。 課題③:道徳的実践に対して多元論はどのような含意をもつか 本年度は、両立論的な自由意志と親和的な自律概念に基づいて医療倫理における議論を構築することができた。本成果を踏まえ、今後は自律概念に着目して多元論的理論の含意を検討していく。より具体的には、Nichols (2015)が提案している自由意志と指示の理論に関する議論を下敷きとして、自律概念を文脈手依存的に理解できる可能性を探る。このことを通じて、自由意志概念を文脈依存的にとらえる多元論的立場が、実践的文脈に対して有用な含意をもちうるかどうかを明らかにする。
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