2022 Fiscal Year Annual Research Report
東アジアの武装する仏教彫刻に施される「獅噛」装飾の研究
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22J12323
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
大沼 陽太郎 東北大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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Keywords | 獅噛 / 仏塔 / 曼荼羅 / 四天王 / 毘沙門天 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度は、日本国内および中国、ヨーロッパに所在する作品の現地調査を行い、四天王や毘沙門天、菩薩像などに施された「獅噛」装飾および仏塔の獣面装飾の細部を確認・撮影し分析を行うとともに、日本中世の仏教文献の分析を進めた。 東アジアの武装像腹部の獣面装飾は、7世紀の中国で仏像の一様式として成立したものと推定されるが、その具体的成立時期や成立背景は明らかでない。そこで本年度は、西安大雁塔の大唐三蔵聖教序碑(655年)を始めとする初唐期西安の石碑に刻まれた天王像、および龍門石窟奉先寺洞(675年完工)、龍門石窟万仏洞(680年)の天王像に施された、両角を有する腹部装飾の細部を比較した。その結果、両角を内向きに湾曲させる龍門石窟奉先寺洞像と、両角を直線的に伸ばすその他の像に顕著な差が見られた。前者は獣鐶・鋪首と呼ばれる漢代の墓門装飾に類似し、奉先寺洞像の特殊性が明らかとなった。また西安博物院において、上記獣面装飾と類似する装飾を付けた隋代~初唐のものと思われる菩薩立像を発見した。これにより、天王像に施される以前に、菩薩像にも同系の獣面装飾が施されていたことが判明した。 また13世紀以降の日本の仏教事相書は 、毘沙門天像や四天王像の「帯喰」(腹部装飾)を胎蔵界曼荼羅の門上装飾と同一視する。この言説の背景や源流を解明すべく、胎蔵界曼荼羅の門上装飾と類似する、門のアーチ両端に龍頭、中央に獣頭が施される唐代の仏塔(済南・神通寺、安陽・修定寺、同・霊泉寺)を調査した。神通寺「龍虎塔」では、中央の獣頭の下に、両腕を広げる小獣が表されていることを発見した。この両腕を広げる小獣はアジャンタ第17窟「五種生死輪」壁画上方の人物、あるいは金剛界曼荼羅成身会四隅の四方天と類似し、相互の関係を示唆する。またこうした門上装飾が、唐代の河南道にしか存在しないことは、同装飾の受容時期・背景解明の一助となりうる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の研究計画では、今年度中に日本国内および中国、インドにおいて現地調査を行い、並行して仏教事相書などの文献資料の分析を進める予定であった。このうちインドにおける現地調査以外は概ね順調に進捗している。 日本国内においては、長野・清水寺、奈良・興福寺、滋賀・善水寺において四天王立像に施される「獅噛」装飾について、当初のものであるかどうかを確認し、造形の細部を観察し、必要に応じて撮影を行った。その結果、別材矧ぎ付けであっても当該「獅噛」装飾は当初のものである可能性が高いことを確認した。また長野・清水寺の四天王像の兜を被るような腹部の「獅噛」は宮城・双林寺二天王立像と共通する9世紀末~10世紀前半の東日本における「獅噛」装飾の一典型といえることを確認した。この他、東京・大島町郷土資料館や神奈川・神奈川・朝日観音堂においては毘沙門天立像に施される「獅噛」装飾の地方的展開の様相を記録するために調査・撮影を行った。 中国においては山東省の青州博物館・駝山石窟・神通寺、河南省の霊泉寺石窟・鄭州博物院・龍門石窟(古陽洞、奉先寺洞)・洛陽博物館(龍門石窟万仏洞天王像の3次元計測に基づいたレプリカ)、陝西省の西安大雁塔(大唐三蔵聖教序、同序記碑)・西安碑林博物館・西安博物館においてそれぞれ調査・撮影を行った。この調査から得られた成果については「研究成果の概要」に記した通りである。なお中国の石窟における調査では、今年度入手した暗所においても高精細に撮影可能なカメラを用いることで、石窟の細部を詳細な写真データとして記録することができた。 インドにおける調査は、COVID-19の流行に伴う出入国管理状態の悪化のため翌年度に延期することとした。このためアジャンタ石窟やウダヤギリ石窟に施された獣面装飾の造形史的位置づけができておらず、本研究にやや遅れをもたらしている。
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Strategy for Future Research Activity |
2年目となる2023年度は、まずは延期したアジャンタ石窟やウダヤギリ石窟における調査を行う。これらインドの石窟に施される5~6世紀のものと考えられる建築部分に施される獣面装飾を中国の仏塔に施された獣面装飾と比較することで、これらの間に影響関係を、その有無を含めて分析する。 さらに中国の仏塔の門上装飾と日本に伝存する胎蔵界曼荼羅の門上装飾を比較し、日本の伝存図像がどの程度中国の仏塔の装飾要素を引き継いでいるのかを確認する。曼荼羅の門上装飾は既存刊行物では不鮮明な場合が多いので、各所蔵先において調査・撮影を行う予定である。 また中国において再度の現地調査を行い、前年度調査することができなかった河北省・響堂山石窟の窟外碑や山西省・雲岡石窟(第 7、8、12 窟)に施された獣面装飾の細部の造形を調査・撮影する。その上で昨年度得られた写真資料、および発掘調査報告書などに記録される墓門装飾の写真との比較・検討を行い、仏教彫刻に施された獣面と仏塔、そして墓門装飾との間の相互関係を明らかにしたい。 また引き続き中世日本の仏教事相書の博捜をつづけ、加えて毘沙門天だけでなく四天王の腹部装飾をも「河伯面」と呼称して胎蔵界曼荼羅の門上装飾と結びつける、15世紀成立の『アイ嚢鈔』(アイは土偏に蓋)の史料的性質を分析する。
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