2021 Fiscal Year Annual Research Report
日系人研究・園芸学の融合による現代ブラジル果樹園民族誌の新基軸
Project/Area Number |
21J00970
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
吉村 竜 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 知識共有 / 技術移転 / 農業史 / 日系人 / 園芸学 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、現代ブラジル南東部で果樹園を経営する日系人が、今日のネオリベラリズムの浸透に適応するプロセスを、農業の技術的文脈の中で理解するために、以下の2点を実施した。 (1)日本・ブラジル両国の果樹園芸学の概説書と日系農業史の資料分析を行い、さらに主要調査地であるピラール・ド・スール市の日系人が手掛ける柿の、流通・消費・生産の歴史を整理した。明らかになったのは、東アジア由来の柿が18世紀に西欧を経由して「カキ」(caqui、kaki)の語とともにブラジルに伝播し、20世紀には日系人が中心となり技術改良に取り組んだことで、グローバル市場に流通したことであった。そして、変異性に富むという特性を持つ柿がブラジルの生態環境に順応し、ハーマ・フォルテ(rama forte)等のブラジル固有の品種を生み出し、ブラジル人にも消費されたことであった。この成果を、論文「農と移民の環境史」としてまとめ、日系人の農業生産団地である「植民地」の比較研究の事例として論集に投稿した。 (2)感染症流行の影響で現地調査を実施できなかったため、オンラインで日系人への聞き取りを行い、それによって栽培局面における知識の獲得と技術共有の過程を検討した。ここでは、矮化栽培法、指導書と農年暦の作成、農薬使用基準の設定など、ピラール市内の日系協同組合を中心とする技術共有が販路の確保と拡大において必要とされる一方で、日系人生産者(人)が柿(作物)・天候や土壌(生態環境)と関係を結び、その中に個別の経験知を育んでいく過程が認められ、それが技術の移転不可能性を示すことを明らかにした。さらに日系人は、外来の技術や知識を適宜受容しつつ、長年育んだ経験知を同業者間で部分的に共有したことを明らかにした。この成果を、論文「現代ブラジル日系果樹園の作物栽培における知識の獲得と技術共有」としてまとめ、学術雑誌『非文字資料研究』に投稿した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、文献研究および過去に実施した調査データの精査と再検討、2つの論文執筆を通じて、日系人研究・園芸学の融合による農業人類学の理論構築の土台形成を試みた。感染症流行の影響を受け、当初予定していた本格的な調査の実施を見送らざるを得なかったが、オンラインを利用したインタビューなど工夫し(技術移転と知識共有に関してはスケジュールを一部前倒しして)、果樹園芸学の専門知識を吸収しつつ以上の成果を挙げることができた。 また、日本・ブラジルの学術交流と、日本国内の山村(兵庫県宍粟市)での短期調査を通じて、産業としての農業を包摂可能な「農」の概念を、情緒的な記述を含めて理論的に検討することについて、大きな発見を得た。その一つは、ものづくりや特産品開発、子供たちの「あそび」に拡がる農業者の営為は、本研究の主要調査地であるピラール日系果樹園にも見られるが、そうした営為を含むものとして、知識伝達と、外来の知識・技術への適合の歴史を検証するという発見である。さらに、日系人がブラジル経済に貢献した分野が農業(特に果樹・野菜栽培や養鶏)であった理由を、日系農業コミュニティの比較分析や、他の移民農業コミュニティの事例研究によって検証し、より広い視野をもってブラジルの文脈における「農」概念の検討を行うという発見が得られた。 感染症流行の影響は、来年度以降も継続すると思われるが、以上の「発見」を視野に入れたことにより、本研究を完成させるための基盤を固めることができたと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の展開としては、果樹の生育状況を見極めるための具体的な知識・技術が、非日系ブラジル人に共有されていく局面について考察する。そのためには、日系果樹園での労働経験がある非日系ブラジル人への聞き取りと参与観察が必要となる。そこで次年度は、感染症流行の状況を鑑みながら、非日系ブラジル人の果樹園が点在するピラール市周辺地域の現地調査を実施する。そしてこの成果を、国内外の学会での口頭発表、ならびに論文として学術雑誌に投稿する。 さらに、2000年代にピラールで技術支援を実施した日本人専門家のバックグラウンド、ならびに彼が掲げる「果樹との対話」の理念の意味内容について、調査を実施する。これまでの聞き取り調査で明らかになったのは、専門家が農学者の松田喜一の農業理念に感銘を受けて、それを基軸として「果樹との対話」の理念を立ち上げたことであった。そこで次年度は、松田の自伝や著作等の文献渉猟、および専門家への聞き取りを目的に、日本国内での調査も遂行する。 感染症流行の影響で現地調査が十分に実施できない場合には、これまでに得た調査データの検討と文献研究、およびSNS等を利用したオンラインでの調査を実施することで、当初の研究計画を滞りなく進める。
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