2021 Fiscal Year Annual Research Report
明治中期における貧民をめぐる言説の総合的研究―小説及び紀行文との比較を通じて―
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21J22990
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
鶴田 奈月 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 探報記 / 貧民 / 民友社 / 『国民之友』 / 『東京朝日新聞』 / 松原岩五郎 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、貧民に関する言説という観点から明治二十年代の近代文学出発期の表現史的に諸相を解明することである。そのため本年度は、言説の総体を把握するべく、収集と関連記事のリスト作成を基礎とする調査を中心に行った。対象誌については当初の計画を若干変更し、前年度以前に『国民新聞』が調査済みであり、当新聞に連載していた松原岩五郎による一連の貧民窟探報記を分析した関係上、同民友社発行の『国民之友』を重点的に調査した。二十年代中期において当誌が労働問題について積極的に議論を展開するなど先進的な立場にいたことが確かめられた。その上で新聞記事と併せて、貧民を労働者視する姿勢がとりわけ強かった民友社の潮流が、松原の初期新聞連載から単行本『最暗黒之東京』にかけて変化した貧民像の造形に影響を与えた可能性を見出した。 また、他社の『東京朝日新聞』も調査し、貧民の語が主として社会面に散見できることを確認した。貧民に対して異なる見地に立つ複数紙の比較を通して、労働問題の当事者とみなし貧富の格差という意味での社会問題から議論が移ろっていく一方で、依然慈恵の対象として悲惨さを強調して描く主張も併存していた、という具合に当時の諸相を整理する作業を進めた。次年度以降も引き続きこの方針で調査していき、貧民に関していかなる表現が用いられ、文学的実践がなされたか、その解明につなげる予定である。 加えて、創作方面における貧民の表現をも考察するため、日清戦争後、深刻・悲惨小説流行期の筆頭である広津柳浪に着目し、貧民を扱った作品の分析を進めた。今後は調査の成果に照らしつつ、当時において柳浪が評価された背景を、下層社会に関する言説との関係から考察していきたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初はデータベースとしてインターネット上で閲覧可能な新聞雑誌を調査対象としていたが、上述の理由により計画を変更した。それに伴い新型コロナウイルスによる制限等、予定外の調査上の困難が生じ、結果調査紙数が見込みより減った点で遅れが認められる。しかし内容の面では、記事リストに記載する項目をほとんど決定できた他、民友社に集中したことによって一貫性のある一つの成果を得られたと考えている。今後引き続き行っていく調査の指針として活用していく。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは今年度の調査結果を基に、明治二十年代中期における貧民をめぐる民友社系の言説の傾向をまとめる。まとめは表現史の観点から行い、同時期の他社や後代の新聞雑誌や小説と比較できるようにしておく。また、次年度は広津柳浪の研究発表を予定しているため、日清戦争後の深刻・悲惨小説流行期の言説調査に着手する。調査の際、記事の収集と同時に、分析する小説作品も選定し、表現の点で同時代の言説、あるいは日清戦争以前の言説といかなる連絡が見出せるかを明らかにする。
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