2022 Fiscal Year Annual Research Report
プルーストにおける「個」と「普遍」の美学:死による愛する者の消滅という観点から
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22J10046
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
小林 ゆり子 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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Keywords | プルースト / 失われた時を求めて / 個と普遍 / 喪 / セクシュアリティ / クィア |
Outline of Annual Research Achievements |
令和4年度は、申請書に記載した計画を一部変更して、研究を遂行した。なぜなら、『失われた時を求めて』における喪の場面を分析する中で、これらの場面がプルーストの「個」と「普遍」の問題系の中で果たす役割を明らかにするためには、申請書に記載したような第一次大戦後の死生観の変化という視点だけではなく、非規範的なセクシュアリティの観点からの検討が必要なことが判明したからである。以上の判断を踏まえ、当該年度は、『失われた時を求めて』中の喪の場面の精読を行うとともに、クィア批評における喪の議論の蓄積及びプルーストへの言及のある主要書籍の検討を行った。 以上の初年度の研究によって、『失われた時と求めて』における、祖母の死に対する語り手の喪、アルベルチーヌの死に対する語り手の喪、母の死に対する語り手の喪、さらに祖母の死に対する母の喪とが、それぞれ異なる様相を呈していることが明らかになった。この分析では、ジャン=イヴ・タディエの『知られざる湖:プルーストとフロイトの間で』、セジウィックの『プルーストにおける天気』や『クローゼットの認識論』、またフロイトの『喪とメランコリー』とこれを継承したニコラ・アブラハムとマリア・トロークの『表皮と核』における議論、さらにそこに批判的な検討を加えたバトラーの『ジェンダー・トラブル』を参照した。 研究成果の一部は、「クィア批評におけるプルースト」と題して論文にまとめた。本論文は『仏語仏文学研究』57号に寄稿する。また、2024年3月の日本フランス語フランス文学会の関東支部大会で口頭発表すべく、原稿を準備している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和4年度は、まず、当初の計画ように第一次大戦後の死生観の変化という観点のみから研究を進めると、プルーストにおける「個」と「普遍」の概念の性質を掴み損ねる恐れがあることに気づき、計画の修正を行なった。その結果、プルーストや喪について書かれたクィア批評の読解を通じ、非規範的なセクシュアリティという新しい論点を発見することで、この欠陥を早期に克服するとともに、計画の時点では予想もしなかった方向への展開の萌芽を見出すことに成功した。加えて、申請書に記載した計画に従って、『失われた時を求めて』にける死をめぐる記述を分析したため、計画の大幅な遅滞を避けることができた。研究発表については、「クィア批評におけるプルースト」と題する査読論文を一本執筆し、順調に研究の成果を形にできている。
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Strategy for Future Research Activity |
令和5年度は、前年度の成果を踏まえたうえで年次計画に従い、研究を進める。すなわち、プルーストの「個」と「普遍」の美学を、パウンドやエリオット、T・H・ヒュームらの美学と比較し、存在の個別性と言語の普遍性の間の対立という問題について、モダニズム文学におけるプルーストの位置付けを明らかにする。なお、モダニズム文学が存在の個別性と言語の普遍性の間の対立を問題にしているという理解は、チャールズ・テイラー『自我の源泉』を下敷きにしているが、来年度の研究では、テイラーには欠けているセクシュアリティの観点-これは筆者が前年度の研究で得たものである-を導入する。具体的にはベルサーニやセジウィックの著作を参照する。研究成果の発表については、国内での学会・研究会での発表を予定している他、フランス語で論文を一本執筆し、フランスの文学雑誌Acta Fabulaに投稿する予定である。
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