2022 Fiscal Year Annual Research Report
文学と思想の交差地としての現代フランスの無人島言説:近代的人間・自然像の転換
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22J10443
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中江 太一 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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Keywords | ロビンソン物語 / リライト / ポストコロニアリズム / 無人島 / 文学と思想 |
Outline of Annual Research Achievements |
無人島言説についての論文を2本提出し、研究発表を1件行った。 1.「ルソーと無人島:『エミール』、自伝、『新エロイーズ』」(『仏語仏文学研究』、2022年6月、査読あり) 2.「クルーソーへの足跡=痕跡:『ロビンソン・クルーソー』を前から書き換えるシャモワゾーの試みについて」(『日本フランス語フランス文学会関東支部論集』、2022年12月、査読あり) 前者では、デフォー『ロビンソン・クルーソー』のフランスにおける受容の分水嶺となったルソーにおける無人島のモチーフについて多角的な検討を行なった。デフォーの小説が教育的モデルとされる『エミール』だけでなく、自伝やフィクション作品にまで目を向けることで、ルソー自身の理想郷として無人島が繰り返し現れていること、および無人島というモチーフそれ自体の多面性を明らかにした。後者では、シャモワゾーによる『クルーソーへの足跡』について、『ロビンソン・クルーソー』の前史を描くという前例のない書き換えの意義を探った。白人のロビンソンに帰せられる実用主義、自然の支配、植民地主義といった近代西洋の価値観とは対照的に、自然に溶けこみ、哲学的な思索も行う黒人がロビンソンの無人島生活以前にいたという設定によって、近代西洋の人間像とは異なる人間や西洋の植民地化とは異なる近代の歴史がありえたことを暗示すると同時に、文学史上ではその黒人の無人島譚ではなく『ロビンソン・クルーソー』が無人島小説の起源とされていることから、そのような可能性としての歴史が抹消されたことも示す両義性を孕んでいることを明らかにした。 また、ルーベン大学の「模倣研究チーム(Homo Mimeticus)」が主催する国際学会に参加し、“Homomimticus and the literary imitation in Friday and the other wolrd”と題した研究発表を行なった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2022年度は、フランスにおける『ロビンソン・クルーソー』受容の端緒となったルソー『エミール』、そして21世紀に書かれたロビンソン物語であるシャモワゾー『クルーソーへの足跡』についての論文をまとめ、フランスにおける無人島小説についての通史的な展望を得られた。2世紀以上離れた両者に共通するのは、 人間と自然の関係を主題化している点であり、また文学と思想を一体のものとして提示しようとする姿勢である。ヴェルヌやジロドゥ、トゥルニエといった19-20世紀の作家も、人間と自然の関係という点からそれぞれ独自のヴィジョンを提示している。本年度は3世紀以上にわたる本研究のコーパスの指針となる視点を得られたといえる。また、シャモワゾーの作品はこれまでの数多くのロビンソン物語に対して目配せをしており、リライトの問題そしてとりけ植民地主義の問題から歴史的な批評意識を備えている。自然のテーマのみならず、それを補完する問題系を発見できたことも進捗の一つである。
その一方で、ルソーによる『ロビンソン・クルーソー』解釈は児童文学への道を確固たるものにし、とりわけ19世紀には数多くの子供向けのロビンソン物語が書かれたが、それらの作品を十分に読み込めておらず、19世紀の無人島小説研究が十分に進んでいるとはいえない。
2022年9月よりフランスの高等師範学校に研究指導委託の資格で留学している。主にエコクリティシズムやフィクション論をはじめとした批評理論についての講義に参加し、無人島小説の自然描写を研究する方法、18世紀から21世紀におよぶ無人島小説史をフィクション論の観点から包括的に捉える方法を学んだ。
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Strategy for Future Research Activity |
児童文学におけるロビンソン物語の位置付け 19世紀においてロビンソン物語は児童文学と密接な関係を持っていた。本研究は児童文学研究ではないが、ヴァランタイン『珊瑚島』など邦訳のある研究書グリーンによる『ロビンソン・クルーソー物語』等で取り上げられている英米圏の児童文学だけでなく、フランス語の作品、とりわけ女性主人公を扱った作品に注目する。従来の帝国主義的イデオロギーや冒険小説の枠組みから捉えるだけでなく、男女の性差の表象に注目し、本研究の柱の一つである20世紀に書かれたジロドゥ『シュザンヌと太平洋』への解釈へと結びつける。 フランス以外の無人島小説の研究 ロビンソン物語はフランス独自のジャンルではない。他国の小説との比較によってこそその特質とその特異な歴史が明らかになる。よって大きく三つの観点から比較研究を行う。まずデフォー『ロビンソン・クルーソー』についての先行研究をまとめながら、エコロジー研究の角度から新たな解釈を行う。10月にポルトガルで開催される国際学会にて個人発表を行う予定である。次にすでに触れた児童文学の枠組みで考察する。最後に20世紀におけるいわゆる「アンチ・ロビンソン」物語としてゴールディング『蠅の王』等について検討を行う。 批評における『ロビンソン・クルーソー』およびロビンソン物語の位置付け マルト・ロベールやピエール・マシュレといった20世紀後半の批評家は『ロビンソン・クルーソー』やロビンソン物語に西洋文学における特権的な役割を見出した。それぞれの作品研究だけでなく、20世紀においてどのようにそれらの作品がフランスで受容され、流通していたのか総合的に検討する。
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