2022 Fiscal Year Annual Research Report
20世紀の油彩画修復に用いられた蜜蝋系接着剤の除去方法の検討
Project/Area Number |
22J12780
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
國方 沙希 東京藝術大学, 美術研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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Keywords | 油彩画修復技術 / ワックス裏打ち / 剥離 / 非破壊検査 / 赤外線アクティブサーモグラフィー / テラヘルツ波時間領域イメージング |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、日本に多く存在するワックス裏打ちされた油彩画作品について、それらをより良い状態で後世に残すべく、適切な再修復手法を提示することにある。そのためには、前段階として、再修復処置が求められるに至った要因を明らかにする必要がある。ワックス裏打ちが部分的に剥離する事象に着目し、本年度は、その発生メカニズムを紐解くことに焦点を置いた。 はじめに、裏打ち布の部分剥離の状態を明らかにするための最新の画像化技術を導入し、剥離の現状確認を行った。自作の油彩画試料による予備試験の結果、作品と裏打ち布の間の空隙の存在やその断面の形状を画像上で確認するには、赤外線アクティブサーモグラフィーおよびテラヘルツ波時間領域イメージング技術が有効であることが判明する。ワックス裏打ちの部分剥離が予想される美術館所蔵作品に対し、これら2つの手法を用いて同様の状態把握を実施した。 続いて、蜜蝋系接着剤の物性の観点から、経年変化におけるワックス裏打ちの部分剥離の発生要因を探った。蜜蝋系接着剤の成分組成の分析と温度特性の解析、剥離接着強さの測定を実施した。これらの結果に導かれた裏打ち布の部分剥離への影響要因を踏まえ、ワックス裏打ちの部分剥離の発生メカニズムに関する仮説を立案した。 最後に、導かれた発生メカニズムを基に、ワックス裏打ちの部分剥離を抱える油彩画の今後の保存修復方針について考察し、博士研究論文としてまとめた。再修復処置の具体策を提示するには至らなかったが、ワックス裏打ちされた油彩画作品を取り扱う際の判断材料を提供するとともに、その判断材料を得るための手法を示すことができた。現在、ワックス裏打ちが実例作品に実施されることはほとんどなく、失われた修復技術となりつつある。本研究をとおして得られた情報や知見が、当該作品の保存修復に関する判断を求められる局面において、一つの拠り所となることが期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ワックス裏打ちされた油彩画に見られる問題的事象のうち、裏打ち布の部分剥離に焦点を当てる。裏打ち布の部分剥離を抱える油彩画の再修復手法を検討すべく、その発生原因の解明を目指した。 はじめに、裏打ち布の部分剥離の状態を明らかにするための最新の画像化技術を導入し、剥離の現状確認を行った。自作の油彩画試料による予備試験の結果、作品と裏打ち布の間の空隙の存在やその断面の形状を画像上で確認するには、赤外線アクティブサーモグラフィーおよびテラヘルツ波時間領域イメージング技術が有効であることが判明する。ワックス裏打ちの部分剥離が予想される美術館所蔵作品に対し、これら2つの手法を用いて同様の状態把握を実施した。取得した剥離内部の状態に関する情報を目視や触診の結果と照合したところ、ワックス裏打ちの部分剥離の発生には、(1)平滑度の低い作品裏面への裏打ち、(2)ワックス接着剤の含浸不足が影響を与えていることが判明した。 続いて、蜜蝋系接着剤の物性の観点から、経年変化におけるワックス裏打ちの部分剥離の発生要因を探った。蜜蝋系接着剤の成分組成の分析と温度特性の解析、剥離接着強さの測定を実施した。その結果、経年の過程で接着剤の組成の一部が酸化し、接着強さを失うため、裏打ち布が剥離しやすくなる可能性が示された。また、剥離箇所の接着のために再び加温したとしても、経年前と同程度の接着強さは得られないことが判明する。 これらの裏打ち布の部分剥離への影響要因を踏まえ、ワックス裏打ちの部分剥離の発生メカニズムに関する仮説を立案、考察した。再修復処置に関する明確な具体策を提示するには至らなかったが、当該作品を取り扱う際の判断材料を提供するとともに、その判断材料を得るための手法を示すことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題の目指すところは、再修復を必要とするワックス裏打ちされた油彩画において、過去の修復処置で適用された蜜蝋系接着剤を安全に除去する手法の開発を行うことにある。そのためには、前段階として、その処置が求められるに至った要因を明らかにする必要がある。初年度である令和4年度は、ワックス裏打ちされた油彩画に生じた裏打ち布の部分剥離に着目し、その発生メカニズムの解明に着手した。ワックス裏打ちの部分剥離に影響を与えるいくつかの要因を明らかにし、それらを基に、剥離の発生メカニズムに関する仮説を立てた。 剥離の発生メカニズムを紐解く過程において、平滑度の低い作品裏面への裏打ちや、蜜蝋系着剤の含浸不足、経年による接着強さの変化が大きな影響を与えていることが明らかとなった。その一方で、裏打ちの部分剥離を促進させないために欠かせないものとして、作品の保管環境を整える必要性が顕在化したが、具体的な環境条件を導くには至らなかった。また、複数の実例作品に対する調査や修復技術者へのヒアリングをとおして、裏打ち接着剤の除去を伴うような抜本的な修復処置は必ずしも推奨されなくなってきたことが判明する。今日において、油彩画作品の保存修復方針を決定する際の判断基準となっている現代の修復理念の影響によるものである。それらのことを踏まえ、二年目にあたる令和5年度以降は、蜜蝋系接着剤の除去に限らない多様なアプローチによる再修復処置および保存管理の方法を検討し、提示することを目指す。 まず、初年度では探求することのできなかった作品の適切な保管環境について、自作の油彩画試料を用いて検証実験を行う。加えて、調査対象の実例作品を増やし、ワックス裏打ちの部分剥離の発生要因についてさらなる可能性を探る。最後に、それらの結果を踏まえ、改めて当該作品の具体的な保存修復方針の提示を目指す。
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