2022 Fiscal Year Annual Research Report
災害伝承の「共訳不可能性」を乗り越える美術活動についての事例研究
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22J10876
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
梶原 千恵 九州大学, 芸術工学府, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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Keywords | 災害伝承 / 語り継ぎ / アート / 市民ミュージカル / 語り部 / 質的分析 / 協働想起 / 共創 |
Outline of Annual Research Achievements |
アートによる災害伝承のメカニズムの解明に向けて、①アート活動に参加する人の変化、②アートの語り方の特徴を明らかにした。 ①語り継ぎをテーマにした市民ミュージカル「いのちのかたりつぎ」(みんなのしるし同号会社)において、被災者役を演じた子どもと鑑賞した保護者の変化を明らかにした。実践の参与観察、実践前後にアンケート、インタビューを実施し、質的に分析した。その結果、参加した子どもの一部に震災のイメージ変容、行動の変容が見られた。変化をもたらした要因は、家庭内での震災についての話や地域活動への参加と考えられる。また、多くの観客は災害伝承の意義を再認識したことが分かった。変化をもたらした演劇形式は、再現的でなく抽象的な表現、考える場面と楽しめる場面の両立等の工夫と思われる。 ②震災の語り部「未来へつなぐ 語り部の声 ~岩手県陸前高田市編~」(JCOM株式会社)と被災者の語りを記録したアート作品「波のした、土のうえ」(小森はるか+瀬尾夏美)を比較し、それぞれの語り方の特徴を明らかにした。映像上の語りをテキスト化し、物語論を参照し、時間、視点、声の3つの項目を分析した。その結果、語り部は震災という出来事そのものを、三人称視点で、被災者の声で語ったことに対して、アート作品は震災の背景や文脈を一人称視点で、被災者と非当事者の双方の声で語ったことが分かった。震災を経験しない未災者が共感する語り方は、メタメッセージが重要だと分かった。 アートは災害伝承の手段の一つではあるが、これまではどのような工夫によって語り手や聞き手に変化をもたらしているのかは分からなかった。本研究を通して災害伝承におけるアートの役割の一端を明らかにすることができた。今後はアートの特徴を生かしたプログラムデザインについて調査を継続したい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
予定していたフィールドワークに加え、宮城県内の語り部のワークショップ、映画や朗読劇など様々なアート実践を参与観察できた。また自然災害だけでなく公害や戦争などの負の記憶継承に関わる研究者、学芸員、アーティストらの勉強会を主催し、より広い文脈から災害伝承とアートの関係について議論することができた。研究成果の一部は主催の勉強会や3つの学会(日本デザイン学会、防災教育学会、共創学会)で発表できた。
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Strategy for Future Research Activity |
災害伝承におけるアートの語り方の特徴や、参加者・鑑賞者の変化が明らかになったが、災害伝承がコミュニケーションであることを考慮すると、コンテンツそのものだけでなく、コンテンツを提示する文脈や、受け手の記憶等が影響すると考えられる。つまり災害伝承のプログラム全体の中でアートがいかに提示されているかが重要である。具体的には、プログラムの構成、講師やコーディネーターの役割、実施場所、道具などの人、モノ、環境の要因を明らかにする必要がある。そこで災害の非当事者が語り手になることを支援するプログラムを分析したい。対象は語り部ガイド養成講座(宮城県、東北大学)、アートワークショップ「交代地のうたを編む」(アーティスト小森はるか+瀬尾夏美)である。二つのプログラムをADDIEモデル(インストラクショナルデザインにおける効果的な研修を設計するためのモデル)で分析し、それぞれプログラムの特徴を明らかにする。また、ステークホルダーらへのインタビューを行い、参加者の変化を質的に分析し、プログラムの特徴と参加者の変化の関係について考察する。この調査と前年度の研究成果をまとめ、博士論文を執筆したい。
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